扉の向こうの王子様~終電帰りの限界社畜OL、玄関のドアを開けたら異世界と繋がっていました

 この一月ほど、安寧の国アゼリアス王都を賑わせている事件があった。
 所謂、連続通り魔事件である。

 通り魔と云え、命までは奪われない。髪を切られるのだ。妓楼の美姫であったり、聖職者見習いの娘であったり、貴族の未亡人であったり、商家の娘であったり。

 共通するのは、見目良い黒に近い髪をしたほどほどに若い娘という点だけだ。
 娘たち同士の面識は、当然無い。共通の知人も居ない。
 時間は昼夜を問わず。星霜通りだけでなく、教会通り、騎士団王都支部の近くや大通りでも事件は起こっている。

 手口は毎回同じ。気絶する程度に首を絞められ、人目に付かない所に引きずりこまれる。ただし、見つけやすいように体の一部は隠されていない。無残に髪を切られた頭部は、犯人の情けなのか、いつも茂みの中だったり、布を掛けられていたりする。

 無論、第一発見者は、体の一部しか見えない姿に、安易に死を想像するが、どの娘も、命の危険に及ぶほどの怪我や傷はつけられていなかった。

 騎士団の王都支部が懸命に捜査をしてはいるものの、事件が解決するどころか、犯人に繋がる糸口も未だ掴めないまま、ついに今晩、七人目となる犠牲者が出た。


 エイゼルに送られシータ家に戻った凛子は、珍しく取り乱す白髭の家令によって寝室に放り込まれ、それから程無くして部屋を訪れたラストゥーリャの意外な特技にやや面食らった。

 凛子の斬バラ斬り状態だった髪を、ラストゥーリャが几帳面に整えてくれたのだ。よくよく考えると難解な魔術式――内容を理解できない凛子にとっては曼荼羅にも似た芸術作品にも見える――を、難なく構成していく彼は、非常に器用な手をしているのだろう。

 湯を使うなんてとんでもない!と寝台に押し込めようとする家令を宥め、凛子は浴室の中に身体を滑り込ませた。梳かれた短い髪が首元に張り付いて、痒いのだ。長湯はしないからと言ったものの、凛子の性格を知っている家令が、レディの浴室の前であるにも関わらず張り込んでいる。

 鏡をのぞき込むと、細かい髪が、鬱血痕に纏わりつくように落ちていた。
 
 通り魔の被害者になるなんて、
 余りにも非現実的過ぎる。
 
 そもそもここに居ること自体が非常識極まりないのだが、流石に半年以上生活をしていると、日常になってくるものだ。
 
 ボブというよりか、おかっぱ頭になってしまった自分に、少し笑う。
 この際、前髪も切ってしまおうか。

 元の世界ではこんなに髪の短い自分を、家族以外は誰も知らない。
 誰も知らなかったのに、新たに出会った人々は、この姿の自分にも日が経てば、馴染んでいくのだろう。 
 この所、どうにも思考がマイナス方向にいってしまう。

 湯気で曇る鏡を手で拭って、もう一度自分の姿を覗き込むと、凛子は迷うことなく前髪に鋏を入れた。
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