扉の向こうの王子様~終電帰りの限界社畜OL、玄関のドアを開けたら異世界と繋がっていました

 どこからも隔絶された空間を作り上げるのが隔離結界である。
 そしてその場は、予め、ある程度の定義付けをする事が出来る。

 以前、凛子が体験した場は、シェイルにとって――誰にも知られぬ誰も知らぬ――場。
 そして結界を閉じた彼を世話する他者が存在している事。
 その他者とは自分達と同類、若しくは近しい体内構造を持ち、音をもって意思疎通が可能な存在である事。
 閉じられた場は、他者の理に準ず。
 理に準じた時間は二昼夜の間結界を保持する。

 かつて黒き賢者が作り上げた扉には、そう定義された紋様術式が刻み込まれていた。

 シェイルは、魔術こそはないが、似たような社会構造の歴史を持つ世界の存在である凛子に配慮し「彼を世話する他者は、概ね自分よりも劣位にある」と定義されている部分を「衣食住の確保。命に関する保障」と告げた。

 同様の場をディエルも経験している。

 今、凛子が座り込んでいる一枚板は、かつてディエルが開いた扉である。

 一時的な物だが、彼女と会話を成立させる為に、ラストゥーリャがその一部分を書き換えた。

「あれなら三つとも保管庫で埃を被っていますよ」と、何食わぬ顔で言っていたが、十四年と云う長き年月を、黒き賢者は無駄にしなかったらしい。密やかに研究と解析を続けていたのでなければ、たかだか数日で、隔離結界を定義する術式を書き換える芸当など出来やしない。

 刻まれている紋様は簡潔ではあるが、非常に精微だった。

 隔離結界内の理を他者に委ねるのではなく、他者と共有する。
 これによって、意思疎通が可能な上、存在する他者の時間に委ねた結果の流れる時間差は、解消される。

 点の集合体が創り上げた世界は膨大であるという。膨大な数の異なる理があるのだ。
 それらは自然に交じり合うことは無く、それぞれの理において始まり終わる。

 だがしかし、この非常識な存在は、閉ざされた彼の箱庭に生きづき今もなお荒らしている。興味を覚えない訳が無い。理解したいとまでは思わないが、面白い。

「つまり……ここは魔術による隔離結界というものの中で、一時間……半刻しかそれは持たない。それが過ぎたら、今らくーに自動翻訳されてるのが出来なくなって、意思疎通が測れないって事……」

 膝を抱え、凛子は窓の向こうを見る。いつか見た黒い靄が流れている。
 淡々と語っていたラストゥーリャは小さく頷き、先を続ける。

「私達は、貴女の身に起こったこの世界への干渉について、その要因となるべく物を調査すべきと判断しております。また、異なる理を持つ存在が異なる理に於ける界に与える影響についての予測。その間貴女の協力と助力を要請致します。世界における異端である貴女が果たすべき責務と私は考えておりますが、天災ともいえる事象である事を考慮して……」
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