扉の向こうの王子様~終電帰りの限界社畜OL、玄関のドアを開けたら異世界と繋がっていました
◇◇◇

「貴方に、――できますか?」
「勿論」

 密やかな声が、静寂に落とされた。
 目深に被ったフードの奥で、唇がゆるゆると吊り上げられる。

 湖面に落とされたひとつの小石によって波紋が広がる。
 
◇◇◇

 一週間が経った。

 療養というかまるで軟禁状態だ。
 凛子はぶすっとした顔で窓の外を眺める。
 庭の常緑樹は相変わらず瑞々しい緑で目を楽しませてくれるが、大通りに植樹されている広葉樹はその色をこの一週間で変化させた。深秋の色だ。
 
 ヒューゴと食事に出掛けた夜、凛子は巷を騒がせていたらしい事件に巻き込まれた。
 らしい。というのは少なくとも、凛子の耳には「通り魔事件」に関する話題が入ってこなかったからだ。否、もしかしたらそういった話題が何かしらあがっていたのかもしれないが、意識して聞いたという記憶は、凛子には無かった。

 日頃から城とこの邸宅の行き来くらいで、市中を一人で出歩くことは殆ど無い。
 夜の街に食事しに行った時だって、成人男性が隣に居たのだ。
 まさか、自分の身にそんな災難が降りかかるとは想像もしていなかった。

 シータ家お抱え医師による診察を改めて受けた結果、大事には至らないという事だったのだが、首元の鬱血痕が消えるまでは、自宅療養しておけと、ラストゥーリャからきつく言われ、自室へと押し込められてしまった。

 その翌日には、ヒューゴからの詫びの手紙と見舞いの花が、エイゼルによって届けられた。毎日。
 凛子が事件に巻き込まれた責任は、自分が情けなくも酩酊し、凛子を一人にしたからだ。
 情けなく、恥じている、といった内容が、幾枚にも綴られており、凛子はエイゼルに助けられながら返事を書いた。

「何で俺が男への手紙の文章を考えなきゃいけないんだ」
「だって……読むのも未だにあれだけど、書くのはもっともっと苦手なの! 報告書とかなら、形式決まってるからまだマシだけど、手紙って独特じゃん。文法難しいんだもん」
「この貸しは大きくつくよ?」

「何か欲しいものあれば言ってね? 個人的にはレイラとかボエム辺りおすすめ」
「なにそれ」
 不審そうな表情でこちらを見遣るエイゼルに凛子は言葉を重ねる。
「ちなみにお酒の種類ではありません。気になっているお店です」
 真面目な顔で答えると、額を指で弾かれた。
「痛い」
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