扉の向こうの王子様~終電帰りの限界社畜OL、玄関のドアを開けたら異世界と繋がっていました
「しかもシャール知らないのか……」
「私の話、聞いていますか?」
「うーん。聞いてるような、聞いていないような、聞こえてはいますけど」
「…………」
そう肩をすくめた凛子に、むっとした表情を浮かべるラストゥーリャを見て、ディエルは声を殺して笑う。自分達兄弟以外で、黒き賢者を黙らせる存在というのは、なかなか珍しい。
「ね、リィン。シャールってリィンの大切な人?」
会話の行方を見守っていたディエルが、唐突に口を挟む。
ラストゥーリャは余計な事を言うな、と眉を寄せる。
「いいじゃない少し位話聞いても。だって、この世界に来ちゃったリィンはトゥーリャと知り合いだっていうその男を探してたんでしょう?」
「大切っていうか……、ここがシャールの言ってた世界なんだーって思ったら、シャールに聞けばどうにかなるかなって。らすとーりゃさんは凄い魔術師だって言ってたし。帰り方判るかもしれないって思って」
「じゃあその凄い魔術師であるトゥーリャが目の前に居るなら無事解決なんじゃない?」
「解決……なのかな……」
「うん、だって、君はきっと帰れるよ。元の世界に」
「え、本当!?」
「トゥーリャは言葉を捏ね繰り回す癖があるけどね」
「猊下」
「君がちょっと協力してくれれば、帰れる方法もあるよって言いたかったみたいだよ。ね。トゥーリャ」
そこで、隔絶された世界は、唐突に開かれた。
滞留していた時間が流れ始める。
リアス神を讃える賛美歌が、遠く。
謳うように、ディエルは凛子に語りかける。
「帰るまでにはさ……きっと会えるよ。君の言うシャールに」
しかし、凛子の耳に届く言葉はもはや彼女の知る言葉ではない。
一瞬だけきょとんとした表情を浮かべた凛子だが、曖昧な顔で首を傾げる。
「それでは、本日の査問はここまでとす。なお、エイゼル・アンレイを天文院長官ラストゥーリャ・ハルス・ウル・シータの名において、天文院長官付き管理官と任命し、娘の監視役を命ず」
すでに彫像と化していたエイゼルは突然任命された、中央執政官の役名を聞こうとも、やはり固まったまま動かない。
ラストゥーリャはこめかみを指で押さえ、踵を返す。
リアス聖教会大神殿の敷地内の右奥。
大司祭の居住空間として整えられた建物は、やはり結界で閉ざされている。
さらに、異界の娘が住まうあの部屋の周辺には、許可された者しか出入り出来ない結界が張り巡らされている。凛子自身は入ることは出来ても出ることが出来ないという定義付けが術式に施され、彼女は二重結界の檻の中に閉じ込められているのだ。
背後からの足音にラストゥーリャは嫌味をこめた視線を持って、出迎える。
「貴方は……どうなさりたいんですか。あの娘を」
「そういう君も、どうしたいの?」
飄々と、ディエルは応える。
「ま、研究馬鹿の君が少しでも長く手元においておきたいって考える気持ちは、判らないでもないよ。あれはなるほど、異質だ」
軽く肩を叩き通り過ぎて行くディエルの背中に、愚痴のひとつでも零したかったが、ラストゥーリャは小さな溜息を一つ落とすだけに留まった。