扉の向こうの王子様~終電帰りの限界社畜OL、玄関のドアを開けたら異世界と繋がっていました
「あ、えっと、あ……」

 視線を泳がせ、口をぱくぱくとさせる。
 思考は混迷を極め、言葉を紡ごうとしても上手くいかない。

 実に数か月ぶりに目にするその男からは、何の感情も伺えなかった。
 青灰の瞳と視線が絡まる。ぎゅっと心臓を鷲掴みにされたような感覚。悪戯が見つかってしまった子供の様に、凛子は竦む。
 
 視線が絡まっていたのは、僅かの間にも関わらず、凛子の世界からはあらゆるものの時が止まる。深いところに沈めた記憶が、ゆらり、と這い出して来る。今すぐこの場から背を向け、走り去りたい気持ちになるが、そうも行かず、言葉を探しながら目の前にいる男の軍服の布地を見、それから視線を落とした。

 大きな溜息が、凛子の耳を掠めた。

「昼前に……」
「え!?」
 回廊に動揺を隠せない凛子の声が響いた。
 見上げると、目の前の男はやや呆れたように片眉をあげ、言葉を続ける。
「俺の部下と行き逢わなかったか?」
 と、まさに凛子が今探していた失せ物を手にする。
「あ! それ」

 思わず手を伸ばすと、男の手が凛子の届かない高さにあがる。
 凛子の指先は虚しく空を切った。

 男がそのような行動を自分に対して取るとは想像もしていなかった為、凛子は驚愕を唇に乗せようとした形で、結果的に中途半端に開く。

「管理がなっていない」

 次に落ちてきた声は、ごく静かな物だった。
 男の目には、相変わらず感情が見えない。
 途端になぜか、泣きたい気持ちになる。
 
 ()()()に良い感情を持たれていないのは、頭では理解していた。が、このような場所で、この男と実際に向き合う場面など、予測も想像もしていなかった。予測していたならどうかなるという訳でもないが。あまりにも突然過ぎて、どういった態度をとれば良いのか、正解がわからない。
< 72 / 76 >

この作品をシェア

pagetop