扉の向こうの王子様~終電帰りの限界社畜OL、玄関のドアを開けたら異世界と繋がっていました
凛子はざわつく心を落ち着かせるよう、小さく呼吸する
目の前に居るのは、王族且つこの国の将軍。
凛子自身は、身分制度に馴染みがないが、この世界では絶対的なものの一つでもある。王宮内で叩頭するような習慣が元々ないのがせめてもの救いだろう。
「――申し訳ございません」
探しに探して、やっと出てきた言葉は謝罪のみ。
頭を下げた凛子に対し、男は鼻で笑ったようだった。
「気をつけろ」
カード状の魔術具が、凛子の顔の前に差し出される。
今度こそ、それをしっかり受け取り「ありがとうございました……」と続け、頭を低くしたままの体勢で、背を向けようとそっと爪先をずらすと、再び横から声がかかる。
「使いこなせるのか、それを」
精神的な閉塞空間となり果てたこの状況から、開放して欲しい。
凛子の行く手を遮る男が、嫌いなわけでは無い。
単純に彼と向き合うだけの余裕が無かった。
だいたい、この男は自分の事を刺客か間諜の類だと思っている筈である。ラストゥーリャの名を借り受ける事になった時も、最後まで反対の意を唱えていた。叡智の塔主を篭絡した悪女と思われている。流石にこの数か月を経て、凛子とラストゥーリャの間に何も無い事は、耳に入っているだろうが。
「……一応、できます」
「やってみろ」
渋々答えた刹那に、すぐさま返事を被せられる。
顎で魔術具を指し、またもや男の体が正面へと来た。
勘弁してほしい。
何か、良い答え方は無いだろうか。と、視線を横に向けると、柱の水時計が視界に映りこんだ。定刻まではまだ半刻ある。これは言い訳になるだろう。双方が同時刻に魔術具を使用しなければ、情報転送用のこの術具は効果を発動しない。
「定時まで、半刻近くもあるので、今使用しても意味がありません」
「ならば、待ってやろう。三の刻だな。確か許容誤差もあった筈だが」
「えええ……」
「俺の前で証明しろ」
もう嫌だ本当に。
言い返したい。
けれど、できない相談である。
こんなんじゃ無かったのにな、と項垂れた瞬間、凛子の腹の虫が鳴いた。慌てて抑えるも、情けないその音が、消音されるわけでなかった。
ほんとうに、泣きたい。
いっそ失笑でもいいから反応してくれればいいのに、男は「ついてこい」と踵を返す。
凛子は、覚悟を決められないまま、その広い背中をとぼとぼとした様子で追う。
連行されている気分である。