扉の向こうの王子様~終電帰りの限界社畜OL、玄関のドアを開けたら異世界と繋がっていました
 濃い緑の影にひらり、と若苗色のドレスが揺れる。
 樹立がかさり、とかそけき音を立てた。
 少女は息を潜めて先を見つめる。
 青錆色をした髪の男は確かな足取りで奥へ奥へと歩を進める。

「……間違いないわ」

 こくりと喉を鳴らした主に、エマウも不安げに言葉を漏らす。

「ミアリエル様……皆さまが心配されますからもう戻りましょう」

 先ほどから何度も告げているのだが、主は頑として譲らない。

 愛人云々の話は大変興味深いのだが、この場において好奇心を優先させるのは女官としての矜持が許さない。どうにか主を説得しようと先ほどから試みているものの、王女は翡翠色の瞳をきらきらさせ熱っぽく語ったかと思うと、瞳を潤ませながら迷子の犬のように見上げてきたり……と、つまり、あの手この手を使っては精神的にエマウを攻撃する。

 エマウは聖域のこんな奥にまで来たことはない。

 年に五度ほどある大祭時に、主の供として大聖堂を訪れたくらいで、足を踏み入れた場などせいぜい大聖堂の奥にある控えの広間と中庭の隅にある御不浄くらいである。

 庫院の建物は山肌を背に静かに建っていた。
 入口は両開きの扉が一つ。その横には夜を照らす松明と、聖官の姿も見える。
 こんな静かな場所で先ほど主が言っていた「蜂の巣をつついて」真相究明に挑もうものなら、大騒ぎになるに決まっている。

 リアス教会はいかなるものにも門戸が開かれているが、大聖堂の聖官は男性が殆どだという。
 ドレス姿のミアリエルや女官姿のエマウが庫院の周りをうろうろしているのが見つかったら、それこそ誰かを忍んできたと思われてしまう。

 何やら頭痛までしてきたが、それでも彼女はおのが主を最後まで止めようと努力していた。と、彼女の名誉の為にも言っておこう。

 青錆色をした髪の男は、誰にも咎めだてされずに、建物の奥へと入っていった。

「エマウ見て。鳥が歩いてるのよ。青い鳥。あなた見たことある?」

 脳内で幾つもの言い訳を並べ立てていたエマウは、主の言葉に「今更」と思う。
 さながら隠語のように「青い鳥」と呼ばわれた青錆色の髪をした男を追ってきたのだ。

「あの人の事じゃないわ。そこ」
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