扉の向こうの王子様~終電帰りの限界社畜OL、玄関のドアを開けたら異世界と繋がっていました
つ、と指で示された先を見やると、庭樹の影を青味がかった鳥が片翼を広げたまま、よちよちと進んでいる。
「鳥……ですわね……」
「鴨とかじゃないのよ。しかも今は夜よ! 鳥って夜目が効くの? それとも飛ぼうと思ったけど良く見えなかったから歩くことにしたのかしら」
言いながら今度は鳥を追うように茂みの方へ向かい始める主の背を見て、エマウは慌てて我に返る。
「ミアリエル様っ!」
「ほら……私たちにこっちに来てって言っているみたいじゃない?」
クゥ、と青い鳥は小さな声で鳴く。
ミアリエルがまたふらりと一歩そちらへ寄ると、鳥はまるで頷くかのような仕草を見せ、よちよちと歩き始める。
「呼んでいるのよ。なにか困った事があるんだわ、きっと」
少女の好奇心は次から次へと移る。
主人の供でご不浄に行った筈の自分が、いつまでたっても帰ってこないことに、そろそろ誰かが気がついてもおかしくない頃だ。内心で溜息を吐き、彼女は樹立の影をいく主の背を見失わないように追いかけた。
一羽の青い鳥を追いかけて進んだ先には、もう一羽の青い鳥が片翼を広げたまま佇んでいた。
合流した二羽が揃って歩き始める。そしてまたもう一羽。そしてさらに。増え続ける歩く鳥はいったい今何羽いるのだろう。
歩く鳥の一団をミアリエルと女官は追う。
やがて少しだけ開けた場所に出る。樹立の中でも一際太い幹をした樹を囲むように、歩く鳥たちはその歩みを止めた。
「立派な樹……何かあるの?」
ミアリエルはそっと樹の幹に手をあて、見上げる。
何かを期待するように、ある鳥がまたクゥと鳴く。またある鳥は広げた片翼を奮わせる。
見れば、樹の上方にある枝にも鳥が留まっている。一羽だけではない、ミアリエルとエマウの両手を合わせた以上の数。
「ここって、あなたたちの、寝る場所?」
鳥達はミアリエルの声になんの反応も示さない。
「ちがうの? うーん困ったわね。エマウあなた鳥語はわかる?」
そんな魔術があるのだろうか。
期待するようにこちらを伺っている鳥達の目に、エマウはなんとなく居心地が悪い気がして「わかりません」と言いながら後ずさる。
「そうよね……」
しばし思案していたミアリエルだったが、何かを思いついたように目の前にある樹の肌へ両手をあてる。
静かに注がれる魔力。かさかさと葉擦れの音をさせ、枝が腕をおろす。人が腰掛けるのに手ごろな幅を持っているそれに、ミアリエルはきれいな微笑を零すと、エマウの腕を引き、躊躇無くそれに跨った。鳥達がそれに続く。
次の瞬間ぐぃんと枝が持ち上がり、ミアリエルはあわてて体を安定させるようしがみ付いた。背後にいるエマウは声にならない叫び声をあげたようだ。お目付け役を出し抜けた事に、いくばくかの爽快さを味わう。これは彼女にとって、いつもの遊びだった。
「姫……さま……、私、高い場所が……」
「そんなに高くないわよ、だってほらせいぜい二階程度の高さよ」
ミアリエルの正面に窓がある。
庫院の一室だろう。
一羽の鳥が、ミアリエルの膝に飛び乗り、ドレスの布地を啄ばんだかと思うと窓の方へ体を向ける。室内の照明は落とされている。が、開けはなれた窓枠には、パン屑らしきものが並べられてある。またもう一羽の鳥が、つんつんとミアリエルを突付く。
「お前達あれが欲しかったの?」
ミアリエルは声をあげて笑い出したかった。
鳥達に誘われるというのも初めての経験だったし、彼等の目的(と言ってもいいのかは不明だが)がパン屑を欲することだなんて。
あまりにも馬鹿げていて、予想外だが、自分の冒険譚らしいといえばらしい。
「少し待ってね」
枝から窓まではミアリエルの体分離れている。
「樹さん手伝ってくれるかしら」
優しい力を幹へと伝えると、腕を伸ばすよう枝がしなる。
そして、あと窓まであと僅かという場所で伸びた枝がぴたりと止まる。
嬉々とした様子で枝をちょんちょん渡った鳥が、何かに邪魔され、ぼたりと地上へ落ちた。
「なにこれ…………結界……?」
ミアリエルは、流れる力に目を凝らす。
奥宮を保護しているものに似ているようだった。