扉の向こうの王子様~終電帰りの限界社畜OL、玄関のドアを開けたら異世界と繋がっていました
憮然とした表情を浮かべる男に、記憶の色が重なる。
手を伸ばせば届く距離にあるのに、とても遠い。
「純粋な疑問だけど……シャールってさあ、今……何歳?」
「三十二だが、お前は――四十になるのか」
えええ! と驚愕の声を思わずあげたエイゼルを凛子は一瞥して、首を横に振った。
「んなわけないよ! まだ二十六!」
「――――どういう……」
「そういう事。……やっぱりね……」
頭を抱え、凛子は唸る。
彼女にとってたかだか数ヶ月前の出来事が、シェイルにとって十四年前の出来事だという事実。昨日の邂逅で半分以上予測はしていたものの、言葉として宣言されるとかなり重い。
凛子がこちらに来て一週間以上が経過した。向こうではどれくらいの時間が流れたのだろうか。仕事は二週間以上の無断欠勤で間違いなく解雇されてしまう。願わくば、自分の世界で時がそれほど流れてしまわないうちに、帰りたい。
今や、彼女の胸中を占有しているのは、記憶にある同居人に対する懐かしさだけではなかった。
半分以上空気と化していたラストゥーリャが、我に返ったように続きを引き受ける。
凛子を還す為の術式構成の基礎解析が終りそうな事。を都合よく言語が翻訳されている状態であるにも関わらず、難解な言葉で説明され、凛子の理解は少しだけ遅れた。
自分はあの世界に帰りたいのだ、と強く意識した直後に保障された送還の言葉。
複雑な表情を浮かべ凛子は視線を落とす。
安堵と寂寥が綯い交ぜになって、感情の折り合いをつけるのが難しい。なぜだか、泣きたくなる。
途中まで笑いを堪えていたディエルは、先ほどまで珍しく感情をむき出しにしていた兄を観察していた。そんな彼は今、むっつりとした表情でラストゥーリャと凛子の淡々としたやり取りを眺めている。
「ファルシオンの乙女の話、覚えているかいシェイル?」
「……なんだいきなり」
「天に住む青年が、地上に住む乙女に恋をした。青年は乙女を奪い天の国に連れ帰る。しかし乙女は毎日嘆き悲しみ、その涙は青年の命を削った。己を苛む耐え難い痛みと苦しみから、恋する乙女を青年は手放し、乙女は地上へと戻る。さて、天で千の月日が流れた或る日――」
「――――やめろ」
「只の物語じゃない」
異なる時を生きる二人の、憎悪と喪失と忘却の悲劇。
「…………」
「いずれにしろ憎まれるのなら、僕なら手放さないなあ」
隔離結界の効果が切れると、凛子を奪うようにしてシェイルは退室した。