扉の向こうの王子様~終電帰りの限界社畜OL、玄関のドアを開けたら異世界と繋がっていました
日に二度、ラストゥーリャが自身の執務室自体に隔離結界を展開するようになって、既に十日を越す。術はだいぶ娘にも、ラストゥーリャにも馴染むようになった。
ついには、多忙なディエル自身に足を運んでもらわなくとも、彼の魔力を極限にまでこめた鉱輝石を代用することで、ディエル個人を定義してある紋様術が発動するよう、調整できるようになった。
隔離結界の新たな展開方法を見出せたのだから、異界の存在である彼女に関する調査が特別進展しなかったのを差し引いても、有意義な時間であったとも言えようか。
彼女の有する魔力が変容することもなく、また世界を満たしている自然の力場に顕著な影響を及ぼすような兆候は見られない。
ひと月にも満たない調査をもってして結果と云うには早すぎるのだが、そろそろ帰してやっても良い頃合いだろう。彼女の為にも、自分達の為にも。——そして再構築した術式の展開結果を知る為にも。
非常に興味深い存在だった娘だが、新たな知識を得るには彼女の存在だけでは到底足りぬと云う事を、自らを知の探求者と自負しているラストゥーリャは十分に理解していた。このような事を娘に伝えたら、間違いなく気分を害するであろう。
だから余計な事は言うべきではない。非情極まりない感覚かもしれないが、それがラストゥーリャの本質であって、いまさら変える事は不可能に思えるのだが——別れの準備を着々と進める娘の横顔を見て、チクリと胸が痛んだ。
水面に落とした石ころによって広がった波紋は、やがて消える。
それくらいささやかなものである。
波紋は、自分を含め、彼女に関わった存在を示す。
しかしそれらはまたすぐに、在るべき日常を取り戻すだろう。
界を越えた迷子は、今晩帰される。
シェイルが使用すると定義づけされた紋様術の刻まれた、あの扉――幾つかの定義を書き換え、厳しい制約が書き加えられた――を利用して。