扉の向こうの王子様~終電帰りの限界社畜OL、玄関のドアを開けたら異世界と繋がっていました
瞬きひとつした後そこに在ったのは、凛子にとっては見慣れた光景だった。
玄関に脱ぎ散らかされた靴類。
奥へと続いている廊下は、資源ゴミの日に出そうと思っていた空き瓶や空き缶が雑然と壁側に寄せられ、コンビニのビニール袋が床に転がっている。
オンライン書店から届けられた特徴あるロゴが印刷された段ボールは、開封され横倒しの状態でリビングとの境界を塞いでいる。やや遅れて呆れたような溜め息を落とした男の背をぽんぽんと軽く叩き、片方だけが裏返しの状態で落ちている室内履きを拾い上げると、凛子はくすくすと笑った。
「まあ、遠慮せずにあがってよ。一応土足禁止だから靴脱いでね」
「…………脱ぐ必要があるのかこれで!?」
「日本の家屋はアゼリアスと違って土禁文化なのです」
「得意げに言ってないで――掃除しろ」
「週末にしようかなと思っていたんだけどねー……って今日はいつなんだろ!? やばくない?」
あっさりと帰還を受け入れた凛子が騒々しく奥の間へ駆け込んで行く様子を横に、シェイルは苦笑する。
彼女は、何も変わらない。何もかもが遠い記憶のままだ。
チェストの上に置かれてある置き時計の秒針は、5の数字の箇所で繰り返し震えている。長針は8短針は6を示していた。朝の八時半なのか夜の八時半なのか判断がつかなかったが、あらかた室内を検分しても、あの日――界を跨いでしまった日――の朝と然程様子が変わっていないように思える。
つまり、凛子の失踪が知れて誰かがこの部屋に入ったという様には見られなかった。一ヶ月近くこの世界にいなかったというのに。
双方の世界を流れる時間の差異が、凛子とシェイルの時を離してしまった要因なのだろう。
帰還出来た事も運が良いが、誰にも知られなかったというのは更なる幸い。
然しながら、結果的に打ち合わせをすっ飛ばしてしまったのだから、仕事的にはかなりの問題だ。この閉鎖空間から解放されたら一番最初にフォローしなければ。今日が何曜日なのかも検討つかないが、固定電話の留守電にも進退を窮するような伝言は登録されていないところをみると、どうにかなりそうな気がする。
凛子の思考は忽ちのうちに彼女の日常へと至る。
ぐるりと周辺を確認するように視線を巡らせた凛子は、キッチンへ向かうと、前回の時と同様に、電源が切れたばかりであろう冷蔵庫から缶ビールを取り出すと、所在無さげに立っていた男に手渡した。
「とりあえず無事の帰宅にかんぱーい。ありがとシャール」
シェイルは自制心を総動員しつつも、なかば自棄糞になりながら受け取った金属の筒を一気あおる。
「はあ。これこれやっぱりこのぷしゅーしゅわーってのが無いとね。疲れた身体に最高のご褒美」
「お前は……なんというか……」
邪気のなさそうな笑顔に、返す言葉が見つからない。
「なに? って言葉通じるっていいねえ。言いたい事沢山あったんだけど、時間的制約があると、なんだか思った事言えないもんなのね」
ぼすっとソファにだらしなく身体を投げ出す凛子の横に、シェイルは遠慮がちに座る。
「言いたい事、とは」
「そうね、例えば……」
玄関に脱ぎ散らかされた靴類。
奥へと続いている廊下は、資源ゴミの日に出そうと思っていた空き瓶や空き缶が雑然と壁側に寄せられ、コンビニのビニール袋が床に転がっている。
オンライン書店から届けられた特徴あるロゴが印刷された段ボールは、開封され横倒しの状態でリビングとの境界を塞いでいる。やや遅れて呆れたような溜め息を落とした男の背をぽんぽんと軽く叩き、片方だけが裏返しの状態で落ちている室内履きを拾い上げると、凛子はくすくすと笑った。
「まあ、遠慮せずにあがってよ。一応土足禁止だから靴脱いでね」
「…………脱ぐ必要があるのかこれで!?」
「日本の家屋はアゼリアスと違って土禁文化なのです」
「得意げに言ってないで――掃除しろ」
「週末にしようかなと思っていたんだけどねー……って今日はいつなんだろ!? やばくない?」
あっさりと帰還を受け入れた凛子が騒々しく奥の間へ駆け込んで行く様子を横に、シェイルは苦笑する。
彼女は、何も変わらない。何もかもが遠い記憶のままだ。
チェストの上に置かれてある置き時計の秒針は、5の数字の箇所で繰り返し震えている。長針は8短針は6を示していた。朝の八時半なのか夜の八時半なのか判断がつかなかったが、あらかた室内を検分しても、あの日――界を跨いでしまった日――の朝と然程様子が変わっていないように思える。
つまり、凛子の失踪が知れて誰かがこの部屋に入ったという様には見られなかった。一ヶ月近くこの世界にいなかったというのに。
双方の世界を流れる時間の差異が、凛子とシェイルの時を離してしまった要因なのだろう。
帰還出来た事も運が良いが、誰にも知られなかったというのは更なる幸い。
然しながら、結果的に打ち合わせをすっ飛ばしてしまったのだから、仕事的にはかなりの問題だ。この閉鎖空間から解放されたら一番最初にフォローしなければ。今日が何曜日なのかも検討つかないが、固定電話の留守電にも進退を窮するような伝言は登録されていないところをみると、どうにかなりそうな気がする。
凛子の思考は忽ちのうちに彼女の日常へと至る。
ぐるりと周辺を確認するように視線を巡らせた凛子は、キッチンへ向かうと、前回の時と同様に、電源が切れたばかりであろう冷蔵庫から缶ビールを取り出すと、所在無さげに立っていた男に手渡した。
「とりあえず無事の帰宅にかんぱーい。ありがとシャール」
シェイルは自制心を総動員しつつも、なかば自棄糞になりながら受け取った金属の筒を一気あおる。
「はあ。これこれやっぱりこのぷしゅーしゅわーってのが無いとね。疲れた身体に最高のご褒美」
「お前は……なんというか……」
邪気のなさそうな笑顔に、返す言葉が見つからない。
「なに? って言葉通じるっていいねえ。言いたい事沢山あったんだけど、時間的制約があると、なんだか思った事言えないもんなのね」
ぼすっとソファにだらしなく身体を投げ出す凛子の横に、シェイルは遠慮がちに座る。
「言いたい事、とは」
「そうね、例えば……」