花屋のガーデニング委員会!
10.それでも一緒にいたい

怒涛の朝を終え、現在は昼休み。私はサカキ先輩と話をするため、一人で三年の教室に来ていた。
話したい内容は、桐生先輩のこと。桐生先輩は意地悪で予算を下げているわけじゃないこと。皆が盛り上がる行事を優先して予算を組んでいること。必死にお願いをしたら、もしかしたら予算を上げてくれるかもしれないこと。

――どれほどの予算になるかは、サカキ先輩の熱量次第ですよ

あぁ言っていたし、桐生先輩は頑なに「予算を上げない」と決めているわけじゃない。だからサカキ先輩には頑張ってほしいの!

「でもサカキ先輩って何組なんだろう?」

三年の階へ初めて来た。さすが三年生、みんな大きくて委縮しちゃう。本当は空くんを誘いたかったけど、女子に囲まれていたから声を掛けられなかった。麻衣ちゃんと長谷川さんは、なぜか意気投合している話に花が咲いていたし。

「でも、やっぱり一人は心細いなぁ」
「何をやっているんですか?」
「え?」

声がした方へ振り返ると、桐生先輩がいた! 私の肩に触れようとする一歩手前……そんな恰好で止まっている。私が気づかなかったら、肩を叩こうとしてくれたのかな?

「こんにちは、桐生先輩」

挨拶すると、先輩はサッと姿勢を正す。先輩の素早い動きにメガネが追い付かず、彼の鼻の上で斜めに傾いた。先輩はメガネを直しながら「こんにちは」と挨拶を返す。

「三年の教室で何をしているんですか?」
「サカキ先輩に会いに来たんです。桐生先輩との話し合いを〝勝つ気で頑張ってください〟って伝えようと……あ」

そうだ、サカキ先輩と話をする桐生先輩ご本人が、いま目の前にいるじゃん!

「つまり〝打倒桐生!〟と喝を入れに来た、というわけですか」
「す、すみません。あと桐生先輩の人柄を伝えようと思って」
「俺のこと?」
「はい! ガーデニング委員の皆は桐生先輩を怖がっていたけど、実際は皆のことを思ってくれる優しい人って伝えたかったんです……あ」

だから、桐生先輩ご本人が目の前にいるんだってばー!

「私ったら何をペラペラ喋っているんですかね! あはは……すみませんでした」

ペコリと頭を下げる。「ガーデニング委員の皆が怖がっていた」なんて、先輩は聞きたくなかったよね。うぅ失言だ……。

「そういうの……ですから」
「え?」

途切れ途切れでよく聞こえなかった。なんて言ったんだろう? もう一度聞こうと思い顔を上げる。すると、

「……っ」

メガネをしていてもよく分かる、桐生先輩の照れ顔。耳も頬も真っ赤だ。熱が溜まっているのか、だんだんメガネが曇り始める。意外な姿に見入っていると、桐生先輩は悔しそうに口を曲げメガネを外した。

「何を言うかと思えば。そういうのはいいんですよ、俺には」
「いい、とは?」
「生徒会長が優しくて穏やかだったら、他の生徒に示しがつかないでしょう。舐められると生徒会長として立ち振る舞えませんし、仲良くなると線引きが難しくなります」

線引きというのは、桐生先輩としての顔と、桐生生徒会長としての顔だろうか。

「なるほど。あえて桐生先輩は怖いイメージを出しているんですね」

自分のために、というよりは皆のために。それって優しくないとできないことだ。

「あ、もしかしてメガネをかけるのも威厳を保つためですか?」
「……俺は童顔なので。メガネをかけると少しマシになるんです」

メガネを指しながら「これはダテです」と新情報まで教えてくれる。

「先輩って、案外気さくな人ですね」
「……ケンカ売っています?」
「ま、まさか!」

ブンブンと手を振った時。

「こんな所にいた、心春!」
「え、空くん⁉」

息を切らせた空くんが、私の手をガッシリと握る。まさか走って来たの?

「どうしたの、空くん?」
「どうしたもこうしたも。朝、心春が言っただろ」
「私が?」

何も分かっていない私を見て、空くんは息を整えながら「は~」とため息。

「朝、俺に〝昼休みに〟って言いかけてやめたろ?」
「覚えていてくれたの?」
「心春が言ったことを、俺が忘れるわけない」
「!」

その言い方は、恥ずかしいというか、照れくさいというか……。桐生先輩は、私と空くんを交互に見て「え」って顔をする。

「君たちって〝そういう〟?」
「ち、違います! ただの同居人です!」

桐生先輩が誤解を招く発言をするから、急いで訂正する。空くんは頬に空気を膨らませて「……っす」と頷いた。桐生先輩は「そういえば」と、瞳を細めて空くんを見る。

「君たちは遠縁の仲でしたね」
「そうなんですよ~、あはは」
「……っす」

空くんが「っす」しか言わなくなっちゃった。妙な気まずさを感じていると、桐生先輩が「それで」と話を変える。

「俺は昨日言った通り、サカキ先輩と話をしに来たんですよ」
「今からですか?」

時計を見ると、お昼休みは残り十分。まだココにいても授業には間に合う!

「私も話し合いに参加していいですか⁉ 空くんも!」
「「え」」

二人の声が重なる。突飛な提案だと分かっているんだけど、急に現れた桐生先輩に、サカキ先輩が異見できるとも思えなくて! できれば傍で応援したい!
すると意外なことに、桐生先輩はため息一つで許してくれた。

「話し合いの邪魔をしないならイイですよ」
「ありがとうございます!」
「……っす」

その後、サカキ先輩を呼びだして廊下で話し合いをすることになった。話し合いっていうか、コレは立ち話だよね?

「そ、その、話っていうのは……」

いきなり呼び出されたサカキ先輩は、この中で最年長とは思えない及び腰っぷりだ。足もガクガク震えちゃって、今にも倒れそう!

「空くん、いざとなったら私たちでサカキ先輩を支えようね!」
「何で俺まで……」

そう言いつつも教室に帰らないんだから、空くんって優しい。さっきだって、私を探して校舎中を走り回ったんだよね? 息を切らせてまで……。

「空くん、来てくれてありがとうね」
「……ん。いいから、話し合いを聞くぞ」
「うん」

すました顔をしているけど、空くんの耳が少し赤い。ふふ、照れているのかな。和やかな私たち。一方先輩たちは、既にピリピリムードだ。

「予算について各委員長に聞いて回っています。ガーデニング委員会は、例年通りの予算でいいですか?」
「ぼ、ぼぼ、僕は……い、いいい、今のままで……」

〝今のままでいい〟⁉ 昨日のやる気はどこへ行ったんですか、サカキ先輩!

「先輩、ファイトですよ!」
「え、えぇ~……」

完璧に弱気だ。張り合いがないのか、桐生先輩も「では予算は上げなくていいですね?」と呆れ顔。これじゃどっちが先輩か分かったもんじゃないよ!
すると「ちょっといいですか?」と空くんが手を挙げる。通りすがりの先輩に借りた紙とペンを使い、何やら計算を書き込んだ。

「一袋二キロの肥料は約千円です。この一袋で、学校のプランター三つに使えます」
「……ほう。学校にあるプランターの数は、いくつあるかご存じですか?」
「ザッと見た限り三十でした。割り算をすると肥料は十個必要になる。次に単価千円と十個をかける。つまり今の予算にプラス一万円してくれると、全てのプランターに肥料がいき渡る、ということです」

計算の速さに、私もサカキ先輩も「ほぅ」と感嘆の声が漏れる。空くん、学校にあるプランターの数を数えていたんだ。いつの間に!

「体育祭、文化祭の時に来賓・来客者が一番初めに見るのは校門。つまりプランターの花は、学校の顔。〝顔〟が華やかだと、学校の印象が良くなると思いませんか?」
「……一理ありますね」

さすが空くん。桐生先輩も「学校のイメージを無下にできない」って顔をしている。

「分かりました。それでは予算は、最低でも一万上げる形で調整します」
「え、本当?」

お地蔵さんのように動かず喋らずだったサカキ先輩が、パッと顔を上げる。

「しかも〝最低〟って……それより上がる可能性もあるってことだよね?」
「そうですが、変に期待しないでください。最終的に判断するのは校長なので。俺は意見書を出すだけです」
「それでも嬉しいよ! ありがとう!」

パッと花が咲いた笑みを浮かべるサカキ先輩。その横で「よかった~」と涙目になる小枝先輩……ん? 小枝先輩、いつの間に⁉

「そこの一年くんのおかげだねぇ~。君、名前は?」
「ば、薔薇園空です……」

まさか三年に泣かれると思わなかったのか、空くんがたじろぐ。関わりたくなかったのか、単に忙しいのか。桐生先輩はサッと踵を返した。

「話は終わりなので、俺は失礼します」

メガネのブリッジを持ち上げた桐生先輩。私は腰を折り、深くお辞儀をした。

「ありがとうございました! 予算が上がったら、皆でガーデニングを頑張りますね!」
「……ふっ」

桐生先輩は、メガネの奥で瞳を細める。

「逆を言えば、今は頑張らないってことですか?」
「も、もちろん頑張りますよ!」

胸の前で、グッと握りこぶしを作る。豆の上から巻かれた絆創膏を見た桐生先輩は、表情を崩さないまま私の手に触れた。
 キュッ

「頑張るのもいいですが、ほどほどに。それでは」
「はい、失礼します……?」

頑張れって言ったり、頑張るなって言ったり。どっち?
でも、さすが桐生先輩だ。私たちの思いを踏みにじるのではなく、汲み取ってくれた。やっぱり怖い人じゃなかったな。

「そういえば桐生先輩って〝学校イチ権力がある〟って噂だったよね。意見書を作ったら、そのまま通るんじゃないかな……?」

予算について考えを巡らせていた時だった。
  パシッ

「心春、逃げるぞ」
「わあ⁉」

いきなり空くんに手を握られたかと思いきや、猛ダッシュ!
私はこけそうになりながら、空くんの俊足になんとかついて行く。そのかいあって、チャイムが鳴る前に私たちの教室にたどり着いた。

「はぁ、はぁ。空くんどうしたの?」
「小枝先輩から〝ガーデニング委員会に入れ〟って言われたんだ」
「え、スゴイじゃん!」

だけど一歩前を走る空くんは、チラリと私を見て「嫌だよ」と笑う。

「ガーデニング委員はクラスに一人だろ。俺のクラスには、もう心強い心春がいる」
「!」

心強いって、そんな風に思ってくれていたんだ! 嬉しくて返事ができないでいると、空くんが走るスピードを落としていく。

「といっても昨日の不良も一緒のガーデニング委員なんだよな……」
「ん? 何か言った?」

口をモゴモゴと動かす空くんが「何でもない」と、口をへの字に曲げる。ちょうどその時、何やら周りから熱い視線を感じる。見回すと、クラスのみんなが顔を合わせてヒソヒソ話をしていた!

「桐生生徒会長に、一年の不良日向くん。そして今度は薔薇園くんよ」
「やっぱり花屋さん、ただ者じゃないわね」

あぁ、やっちゃった! 自分が「姫」って噂されていること、スッカリ忘れていたよ!

「いいなぁ姫。私も薔薇園くんと仲良くなりたい~」

ヒソヒソ話が、私の耳に入って来る。この様子だと、隣の空くんも聞いているよね?

「ねぇ空くん。私から離れた方がいいよ?」
「なんで?」
「だって私、いま〝姫〟とか言われているし……」

一緒にいたら、空くんまで変なあだ名つけられるよ、と苦笑を浮かべる。すると空くんは私たちを囲む観衆を、「ふん」と鼻であしらった。

「言いたい奴には言わしておけ。俺は噂に左右されるより、心春と一緒にいたいんだ」
「っ!」

思いもしない言葉に、心臓がドキンとはねる。わあ、熱が集まって顔から汗が出てきた! 皆にも聞こえたのか、一斉に下敷きを出してあおぎ始める。

「う~」

私も手で風を起こしながら、恥ずかしさに耐える。そんな私を見た当の本人は「どうした?」って涼しい顔をして笑った。
 
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