花屋のガーデニング委員会!
4.消えないで、空くん!
休み時間は女子が学校案内をし、放課後は男子が部活案内をした。
空くんの登校初日は大忙し。反対に私は、放課後に一人きりでいた。

「ただの部活見学といっても、きっと時間がかかるよね? 何して時間を潰そうか」

時計をチラリと見る。現在、午後四時半。今日麻衣ちゃんは陸上部に行ったから現在一人ぼっち。ただ待つのも暇だなぁ。

「そうだ、図書室へ行ってみよう」

誰もいない図書室は静かで落ち着く。私は初めて「園芸コーナー」に向かった。

「バラの本……あ、これかな?」

手にしたのは植物図鑑。厚みがあって、ズッシリと重たい。さっそく試し読み開始!

「バラのページって、こんなにあるの?」

庭で見たバラは〝色が違う〟だけかと思っていた。だけど図鑑に載っているバラは、花びらの数も違うし開き方も違う。バラって種類が多いんだ。

「名前もオシャレ。ドゥフトボルケ、パパ・メイアン、イングリッドバーグマン……一つだけ覚えて、空くんの前で言ってみようかな?」

どんな反応するかな? ビックリするかな? それが何、って言われるかな? 空くんは元バラだし、たくさんの名前を知っていそうだよね。植物にも詳しそう……そうだ!

「空くんに〝庭を花でいっぱいにして〟って言われたけど、植物に詳しそうな空くんこそガーデニングに向いているよ!」

知識のない私がやるより、空くんがした方が絶対にいい! そうだそうだと頷きながら、書架へ本を戻す。この図鑑に書いてあることは既に空くんが知ってそうだし貸りなくていいや。分からないことは空くんに聞けばいいんだし! 図書室を後にして、教室へ戻る。すると自分の席に突っ伏す空くんがいた。部活案内から帰っていたんだ。

「空くん、大丈夫? さすがに初日は疲れるよね」
「……」

いくら話しかけても、空くんから返事はない。ひやっと心臓が冷たくなるのを感じながら、空くんの肩を強くゆする。

「空くん、ねぇ空くん!」
「ん……あ、心春?」

栗色の髪が乱れるくらいゆすって、やっと空くんは頭を持ち上げた。眠っていたらしい。空くんは目をこすって、時計を見ながら大きなあくび。

「ごめん、うたた寝してたわ。待っていてくれたんだな」
「それはいいんだけど……」

もう起きないかと思ってビックリした。同時に、昨日と今朝の二回、空くんの服や体が透けたことを思い出す。不吉な予感がして、ブルッと体が震えた。深刻な面持ちの私を見た空くんが眉を下げる。

「一人で待っていて心細かったよな。悪かった。帰るか」

私の頭をポンポンと撫で、空くんが立ち上がる。そのまま私の手を引き「行くぞ」と、誰もいない教室を後にした。といっても――空くんと手を繋いだままだと、学校の人にあらぬ誤解をされちゃう。心配した私は、教室を出てすぐ手を離す。するとキュッと空くんの眉が八の字を作った。

「おい、なんで手を離すんだよ」
「逆に、どうして繋ぎたがるの?」

空くんってスキンシップが多い気がする。しかも照れる私と違い、空くんは何のその。

「もしかして女子の扱いに慣れている?」

でも空くんは昨日までバラだったから、慣れるも何もないか。だけど空くんはあっけらかんと「そうかもな」と。校舎を出たところで手を繋いで歩く親子と遭遇した時に、ポツリと呟いた。

「花って手入れが必要だろ? ようは触られることが多かったんだ。だから触るのも触られるのも、俺は慣れているのかもな」
「なるほど」

確かにおじいちゃんは毎日花の世話をしていた。枯れた葉をこまめに切り、虫がつくと一匹ずつ取り除いていた。

「人肌っていうの? そういうのは植物なりに感じるんだ。だから心春に触れていると、バラだった時のことをよく思い出すよ」
「そうなんだ……」

懐かしそうに目を細める空くん。空くんを見ていると、おじいちゃんがどれほど花を大切に育ててきたか、よく分かる。

「あ」

ふと、さっき図鑑で見たバラの名前を思い出す。

「ドゥフトボルケ」
「え?」
「バラの名前。さっき調べたの。このバラが一番、空くんに似ているなぁって」
「ふっ、そうか」

ドゥフトボルケと聞いた瞬間、空くんは優しい笑みを浮かべる。切れ長の目がふにゃりと垂れ、今までにない穏やかな顔だ。

「そうだな。ドゥフトボルケは、バラの頃の俺の名前だ」
「え! うそ、当たった! やった、嬉しいっ」
「よく分かったな」
「色んなバラの写真があったんだけど、空くんならコレかな?と思ってさ。堂々とした咲き方に、目を奪われちゃった」
「……そうかっ」

空くんは嬉しそうに、だけど照れたように私から顔をそらす。からかうと怒られそうだから、気づかないふりをして話を続けた。

「他にも印象的な名前があったけど、なんだったっけ。パパパパン、みたいな」
「ぷっ。パパ・メイアンな」
「そうそれ!」
「パパパパンって……っ」

堪え切れなかった空くんは、口を押さえて笑い始めた。うぅ、恥ずかしい。今度は私が、空くんから顔をそらす。その時スラスラと耳に入って来たのは、図書室で発音するのに苦労したバラの名前。

「ドゥフトボルケ、パパ・メイアン、イングリッドバーグマン。有名どころなら、まだまだある。白色や黄色のバラも人気だぞ」
「へぇ、そうなんだっ」

やっぱり空くんってバラに詳しいな。いい機会だし〝あのこと〟を相談してみよう。

「ねぇ空くん。私の代わりに庭の花を育ててくれないかな?」
「……は?」

ピシッと、空くんの顔が強張る。あれ? 私いけない事を言っちゃった?
空くんの顔が怖くなったから、まるで言い訳をするように説明を始めた。

「ほら、私ってガーデニングの知識がないでしょ? その点、空くんは花に詳しいから育てるのに適任だと思ったんだ。さっきもたくさんバラの名前を言えたし」
「俺がやることが正しいと思っているのか?」
「え、違うの?」
「……いい」

その「いい」が「大丈夫」の意味なのか、「もういい」の意味かは分からなかった。だからどう返事したらいいか分からなくて、気まずくなった空気に自然と顔が下がる。隣を歩く空くんの表情は……見なくても分かる。怒っている。空気がピリピリしているもん。

「あの、空くん、ごめんね?」
「何が?」
「えっと……」

とりあえず謝らなきゃと焦った心がバレて、余計に気まずくなる。
どうしてこんなことに? さっきまで、すごく和やかな雰囲気だったのに。だけど有難いことに、私の家は学校からすぐ近く。気まずい雰囲気はすぐに終わりをつげた。どこか重たい足取りで玄関をくぐる。

「ただいまーって、今日はお母さん仕事だっけ」

空くんが二階へ上がる音を聞きながら、「お米、お願い」と書かれたメモを見つける。

「今まで二合だったけど空くんもいるし、今日から三合にしようかな?」

私のお父さんは遠くの会社で働いているから、車を使って土日だけ帰って来る。私とお母さんなら二合で充分……だったけど。空くんは元バラでも、やっぱり男の子。今朝もトーストを三枚食べたんだよね。

「手伝う」
「あ……空くん」

炊飯器の釜を持って歩いていると、後ろからニュッと空くんの手が出て来た。もう着替えを終えたらしく、ラフな私服姿に変わっている。
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