花屋のガーデニング委員会!
「いつも二合だったよな?」
「でも今日から三合にしようと思って」
「三合?」
多くない?と言わんばかりの声色だ。私は「いいの」と、笑みを返す。
「空くん今日は登校初日で疲れたでしょ? だからいっぱい食べて元気になってね」
「……ん」
短く返事をした空くんは、和室へ移動した時と同様。私が場所を教える前に、米びつへたどり着く。カップでお米を移し始めた時、「そう言えば」と呟いた。
「よくじいさんは〝米はどこだったかな〟って言っていた。ばあさんが〝台所の棚の一番下〟って言っていたのを、いつの間にか俺も覚えていたんだな」
「ふふ、おじいちゃんっぽい。けっこう忘れんぼだったから」
「懐かしいか?」
「うん」
私の頬がほころんだのを見て、空くんは眉を下げて笑った。下校中の空くんは怒っているように見えたけど、今は逆というか。どこか悲しそうに見えるのは、気のせいかな?
「ま、心春が笑うようになっただけでも、じいさんは嬉しいか。
〝本人の嫌がることを強制させるのも違う〟し」
「なんのこと?」
空くんは質問に答えてくれない。その代わり私の頭に手を置いた。なぜか吹っ切れたような笑顔。空くんは切れ長の瞳をゆっくり伏せる。
「次ばあさんの見舞いに行った時、伝えてくれ。
〝どうか元気になってくれ〟ってさ」
「え……?」
まるで〝最後の言葉〟に聞こえる。胸の奥がザワザワし始めた。
「なんか、今日は疲れたから部屋で休むわ」
空くんが私の頭から手を離す。オデコに当たる彼の体温に、ドキリとした。
「空くんの手、まるで氷のように冷たい……」
朝、空くんの腕が透けたこと。放課後、自分の机に突っ伏して深く眠っていたこと。そして今、ビックリするほど冷たい体温をしていること。全て原因があるんじゃないの?例えば……空くんが消えちゃう、とか?」
ゾクッ
自分で言っておいて、背中に悪寒が走る。するとフツフツと音を立てる炊飯器が、なぜか気になった。近づいて蓋を開ける。中身を見て――絶句した。三合と頼んだけど、空くんが炊いた量は二合。今まで通りの量だ。
「どうして、こんなこと……」
だけど、ある事に気付く。
「もしかして〝自分がいなくなる〟と思っているから?」
ヒュッと喉の奥が鳴る。考えれば考える程、空くんはいなくなる……ううん、消えてしまうんじゃないかと思った。自分が消えると分かっているから、今まで通り二合で炊いたとしたら……
「そんなの、嫌だ!」
空くんが消えるなんて、絶対に嫌!
バタバタ、バタン
「空くん!」
部屋へ入ると、空くんは倒れるようにベッドへ横になっていた。さっきよりも顔が青白い。それに足が透けている! 手を伸ばすと、空くんの足に触れることなく布団を掴んでしまう。空くんが透けている現実を見せつけられ、思わず足がすくんだ。
「なんで? 私たち昨日会ったばかりなのに……」
まだ感触のある空くんの手を握る。さっきよりも冷えた手が、ここでも容赦なく私にツライ現実を突きつける。
「本当に、もうお別れなのかな……ん?」
空くんの胸を見ると、浅いけどちゃんと上下している。空くんは、まだ生きている!
「お願いおじいちゃん。まだ空くんをバラに戻さないで! 空くんも、いきなり現れていきなり消えるなんて絶対にナシだからね!」
きつく指を組んで、お空にいるおじいちゃんへ祈る。そう言えば空くんと出会う直前。夢の中で、私おじいちゃんと会わなかった? おじいちゃん、なんて言っていた? 起きた後に空くんと出会った衝撃で、すっかり忘れていた。おじいちゃんが言った言葉を思い出す。そして記憶の糸口をつかんだ!
「思い出した!〝おばあちゃんをよろしく頼むぞ〟って言ったんだ!」
おじいちゃんは、入院中のおばあちゃんに元気になってほしいのかも。その想いが強くてバラだった空くんが人になり、私に「ガーデニングを教える」と言ったんだ。いつもおばあちゃんは、庭のお花を見て元気になっていたから。
「私、やっと分かった」
一人で「寂しい」と泣くだけじゃダメなんだ。今が辛いなら、私が自分の手で、今を変えなきゃダメなんだよ! それなのに私は「空くんがガーデニングすればいいじゃん」と甘えてしまった。おじいちゃんに会えなくて寂しいって悲しんでばかり。おばあちゃんに会いたいって口ばかり。死んじゃったおじいちゃんは、お空からでもおばあちゃんを思っているのに……今を生きている私が、何もしなくてどうするの!
お花のことは分からないから、ガーデニングは見る方が楽しいから。そんな言い訳ばかりして逃げていた。あの庭は、私たち三人の思い出が詰まった大事な庭なのに。
「ごめんね空くん、私が間違っていたよ」
目から溢れた涙を、ゴシッと袖でぬぐう。
「おじいちゃんおばあちゃんと私、そして空くんの宝物は私が守る。私がガーデニングをして、庭をお花だらけにするよ!」
空くんの手を握る。少しだけ、さっきより温かくなっている気がした。そうか、あの庭こそ「空くんの生命力」なんだ。さっき私が「ガーデニングする」と決めたから、空くんにもパワーが届いたのかも!
「空くん」
どうか起きますようにと願いながら、握る手に力を込める。
「私が行っている間に消えちゃダメだよ、約束だからね!」
その時、空くんの口角が僅かに持ちあがる。「行け」って言われた気がした。
「うん、いってきます!」
空くんの部屋を飛び出る。一段飛ばしで階段を降り、和室へ向かった。