どうやら飼い慣らされていたのは、わたしの方だったようです
 彼女はこの場で最も長命な魔女だった。長老扱いされることを彼女は嫌うが、実質的にはその位置にある。

「ほんとう。見違えるような男前だわ……」

 誰かがうっとりと言った。誘うようないくつもの目配せにもジャックは泰然とした様を崩さない。

「お久しぶりです、モルガンナ姉様。おれはまだ十分に小僧ですよ」

 そう言って、ジャックは微笑み返してみせる。そのまま青い光を宿す番へと真っすぐに歩を進めた。

「テレーズ、会いたかった。迎えにきましたよ」

「ついさっきまで一緒にいたじゃない……」

 小さな抗議の声を上げても、男は動じない。悠々とテレーズの丸い頬に口づけして、

「せんせいはおれがいなくても、平気だったんですか」

そんなことをのたもうた。

「じゃ、ジャック!」

 滅多なことでは変わらないテレーズの顔が、朱を刷いたように赤く染まる。無理もない。今や彼女はこの場の魔女の視線を一心に集めているのだから。

 ジャックの首には細い金鎖のネックレスが着けられている。男の首元で森の木漏れ日のような大きな碧玉(エメラルド)が輝いた。

「まるで自分はテレーズのもの、って感じねぇ」
「あれが世に聞く溺愛ってやつかしら」
「もはや囲い込みと見せつけがすごいわ」

 揶揄うようにまた魔女たちが口々に言う。半分は本気で、半分は楽しんでいる。これはそういうものだ。

「だからって、魔女集会にまで来なくたって」

「元はといえば、約束の時間までにせんせいが帰ってこないからじゃないですか」

 青い瞳はきらりと輝いてテレーズに問う。

「ね、せんせい」

 ジャックはその細い腰に腕を回した。そのままぞくりとするほど色気の乗った声で囁いた。

「いやだったら、本当にいやだって言って。じゃなきゃわかんないよ、おれ」

 三百年の長きを生きる魔女は、弟子の言い草に何も言い返せなくなって押し黙る。

「じゃあ帰りましょうか、せんせい」
「でも、まだ話すことが、」

「よいよい。じきに朝が来る。どうせ仕舞いだ。ジャック、好きにしなさい」

 助け船を出すように、モルガンナは扇を振った。それはただ目の前の薔薇色の空気に耐えかねただけだったのかもしれないけれど。

 元々魔女集会の目的の多くは暇つぶしなのだから、それは十分に果たせたといえる。

 現れた時のようにきれいな礼をして、ジャックはテレーズを抱き上げてみせる。

「それでは、お姉様方、ごきげんよう。またいつかお目にかかれることを」

 そのまま二人の姿はするりと、白み始めた薄闇に消えた。

「……『嘆きのテレーズ』じゃなくて、『惚気のテレーズ』に改名した方がいいんじゃないかしら」

 そう言ったのは多分、メリステリアだったと思う。


 なおテレーズが改名したか否かは、魔女たちしか知らない。人の身にははるか遠い世界のことだ。
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