彼は魅惑のバレリーノ
逃げるようにスタジオを出て、
そのまま柊くんの家に戻ってきた。

玄関の鍵を閉めた瞬間、
胸の奥がずしんと重くなる。

(このままここにいたら、ダメだ)

もっと好きになる。
もっと惨めになる。
戻れなくなる。

彼は優しい。
優しすぎる。
私がいることで、きっと足を引っ張る。

(今週のうちに荷物まとめよう)

そう決めると、
少しだけ呼吸が楽になった。

デザインもちゃんと描こう。
仕事は仕事として、きちんとやろう。

机に向かい、黙々と作業を始める。

線を引いて、色を置いて、構図を考えて。
どす黒い感情は、デザインに集中すると
不思議と薄まっていった。

ちょうどそのとき、スマホが震えた。

夕飯食べてくる。
冷蔵庫にサラダとかご飯と作り置きのおかずもあるから食べてね。

そのメッセージに、
胸の奥がふっと軽くなる。

(……良かった)

「大丈夫だよ。」と返すと、
すぐに既読がついた。

ほんの少しだけ、安心した。

でも――
その安心がまた、胸を締めつける。

(……やっぱり、好きになっちゃダメだ)

そう思いながら、
ペンを握る手に力が入った。
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