彼は魅惑のバレリーノ
玄関に立ち尽くしたまま、
私はキャリーケースの取っ手を握りしめていた。

「どうして…急に?」

低く落ちた声。
いつもの優しさが影を潜めている。

「いや、その……甘えすぎたなって。
迷惑かけてるし。」

「俺は迷惑だなんて思ってない。」

即答だった。
でも、その言葉が逆に胸を締めつける。

「でも……家に人を入れたりしないって……。
柊くんの居場所を、私が邪魔してるし。
足を引っ張りたくない。」

その瞬間。

ガタッ。

背中のすぐ横で扉が揺れた。
柊くんの手が、感情のままにぶつかった音だった。

(え、壁ドン……?)

驚く暇もなく、
彼の顔が近づく。

「邪魔なんて思ってない。」

その声は怒っているようで、
でもどこか必死だった。

「ねぇ、誰に言われた?
将暉?
それとも天音?」

「……」

言えない。
でも沈黙がすべてを物語ってしまう。

「両方ね。
ほんと……これだから。」

深くため息をつく。

何も言ってないのに、全部バレてる。

その表情は怒りよりも、
“傷つき”と“焦り”が混ざっていた。
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