愛に目覚めた冷徹孤高の心臓外科医は、政略結婚妻を離さない ――旦那様、この結婚は契約ですよね?
 沙久良さんはくすみピンクのカーディガンに白いロングスカート姿で、笑みを浮かべている。

「こんにちは、沙久良さん」

 私は動揺を悟られないように笑みを張りつけたまま、会釈した。

「ちょうどよかったわ。お会計当番が急に体調を崩してしまって、困っていたの。あなたも有明会の一員だもの。やってくれるわよね?」

 彼女の笑みは、私に断ることを許さない圧がある。

「……わかりました。私でよろしければ」

 すると沙久良さんは、すぐに私に釣銭の入った小箱と電卓を押しつけるように渡してきた。

「そこに座ってくださればいいから」

 沙久良さんはまだ開いていない折り畳みテーブルと椅子を指差し、バザーの物品を並べるのを手伝いに行ってしまった。

 私は小箱と電卓を抱えたまま、そっと耳元のイヤリングに触れた。外出時には、瑞樹さんにもらったイヤリングをいつも着けているのだ。

 大丈夫、ただ会計をするだけよ。
 私は自分を奮い立たせ、テーブルと椅子を設営する。それから、肩掛けのバッグに入れていたメモ帳を帳簿代わりに取り出した。

 やがてバザーが始まる。私は会計席に座り、やってきた方々に商品を販売していた。

 沙久良さんはというと、やってきた顧客の素性をチェックし、患者家族や医療関係者だとわかると、自分が院長の娘で副院長の嫁だと話し、今後もよろしくと挨拶をしていた。きっとこういうところが、鴎川一家はうまいのだろう。

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