愛に目覚めた冷徹孤高の心臓外科医は、政略結婚妻を離さない ――旦那様、この結婚は契約ですよね?
 バザーの売れ行きは順調だった。手を止めなくていいから余計なことを考えずに済むが、秋とはいえ十月の屋外は日差しも厳しく、空気も乾燥している。

 花の手入れだけをする予定で家を出てきたから、私は飲み物すら持っていない。
 喉が渇き、声が枯れてくる。ふと腕時計を見ると、午前十一時を示していた。バザーが始まってから、二時間が経っていた。

 今、この場に沙久良さんはおらず、代わりに椿芽さんが取り仕切っている。順番で昼休憩を取っているらしい。

「椿芽さん、少しお手洗いに行ってきてもよろしいでしょうか?」

 声をかけると、彼女は肩をぴくりと揺らす。だがすぐ、その間の会計は椿芽さんが引き受けてくれることになった。

 病院の中に、自販機がある。そこでとりあえず水分を買って、席に戻ろう。
 そう思いエントランスを入ると、白衣姿で受付横の花を見つめる瑞樹さんを見つけた。

 彼はそれをじっと見た後、私に気づいていないのかこちらへ歩いてくる。

 私は狼狽えてしまった。なぜだかわからないが、鼓動が急激に加速したのだ。隠れてしまいたい衝動に駆られる。別に、悪いことをしているわけではないのに。

「万智……?」

 おろおろする私に、瑞樹さんが気づく。声をかけられ、私はどきりとしながらも彼に会釈した。

「お花、見てくださっていたんですね。嬉しいです」

 笑みを向けたが、彼には私の声は聞こえていないらしい。

 「どうしてここに?」

 瑞樹さんはそう言うと、私の背後にある駐車場のほうへ視線を向ける。それからすぐ、眉間に皺を刻んだ。今日がバザーの日だと、思い至ったらしい。

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