愛に目覚めた冷徹孤高の心臓外科医は、政略結婚妻を離さない ――旦那様、この結婚は契約ですよね?
 彼女の視線に萎縮してしまい、私は咄嗟に耳元のイヤリングに触れた。どうしてそうしたのかはわからないが、途端に気持ちがすっと落ち着く。

 怯んでいてはダメ。それに、私はきちんと会計をしていた。

「まさか、そんなはずはありません」

 はっきりと、落ち着いてそう告げる。

「証拠はあるのかしら?」

 沙久良さんに言われ、私は肩掛けのバッグにしまっていたメモ帳を取り出した。金額だけでなく、いつ、どんな人がいくらの物を買っていったか、記録してある。

「来年のためになるかと思って、記録をつけていたんです。ここまでやる必要はないかもしれないと思い至り、席を立つ際に鞄にしまったのですが――」

 私はメモを捲りながら、そこにあるはずの金額を確認する。

「今は千円札が十八枚、五千円札が三枚、一万円札が二枚のはずです」

 テーブルの上に取り出されていた札束を数えてみたら、私の言った枚数と同じ枚数がそこにあった。

「今あるのと同じです。私が椿芽さんと交代したわずか五分の間に、どなたかが高額な商品を買われたのですか? 見たところ、商品は減っていないのですが」

「あ、あら……?」

 途端に沙久良が狼狽える。私はそんな彼女に届くよう、しっかりと告げた。

「それに、夫の職場で彼の名誉を傷つけるようなことはいたしません。それは、沙久良さんも……有明会のみなさんも、同じでしょう?」

 すると、有明会のみなが気まずそうに視線をさまよわせる。
 沙久良さんは目をつり上げ、椿芽さんに向かって告げた。

「椿芽さん、私がいない間の責任者はあなただったはず。あなたがしっかりしていないから、こういうことになるんじゃない!」

「は、はい、すみません……」

 身をすくめてしまった椿芽さんには申し訳ないけれど、私はほっと胸を撫でおろした。

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