愛に目覚めた冷徹孤高の心臓外科医は、政略結婚妻を離さない ――旦那様、この結婚は契約ですよね?
「それでも俺は、万智がこれをつけてくれていて嬉しいと思う」

 そっと伸ばされた右手は、器用にイヤリングのみに触れる。間近で目が合うと、彼は優しく目を細めた。

 どきり。胸が一段と大きく跳ねて、そのままちりちりと熱を帯びてゆく。
 再び視線を逸らしたくなったけれど、彼がイヤリングに触れているので顔を動かすわけにはいかない。

「あ、あの……」

 なにを言えばいいのかなにも思いついていないのに、口を開いてしまう。瑞樹さんはイヤリングに触れていた手で、そっと私の頬に触れた。そのまま輪郭をなぞるように撫でられる。

「俺は、万智が俺の妻でよかったと思っている。ひとりの人間として、君を尊敬しているよ」

 感じたことのないほど速い、胸の高鳴り。頬から感じる彼の指先の温度が、余計に私の胸を刺激する。
 ちりちりとした胸の熱は体全体を支配し、なぜか目元を潤ませる。だけど、私は顔を逸らすことができなかった。彼が触れているからではなく、彼の顔をずっと見ていたいと思ったのだ。

 なんだろう、この気持ち……。

 静かなウェルネススペースに、自身の鼓動の音だけが響いている気がする。部屋に燻るカモミールとベルガモットの優しい香りが、柔らかく私たちを包み込む。

 見つめ合っていると、不意に瑞樹さんがこちらに一歩踏み出した。視界から彼の顔が消える。同時に、おでこになにか柔らかな感触がした。
 それはちゅっと音を立て、おでこから離れていく。

 つい、目を見開いた。それが彼の唇だと、気づいたのだ。

「万智……」

 頬に置かれていた彼の手が、今度は私の顎に触れた。そのまますくい上げられると、再び彼と目が合う。

 とくり、とくり。小刻みに震える私に、彼の端正な顔が近づいてくる。触れ合う直前で思わず目を瞑ったが、彼はそのまま柔らかな熱を私の唇に落とした。

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