愛に目覚めた冷徹孤高の心臓外科医は、政略結婚妻を離さない ――旦那様、この結婚は契約ですよね?
 光前寺総合病院は現在、難しい症例も成功させたと評判がいい。だからこそ、俺は懸念していた。彼は副院長に就任してから、メスを握っていないのだ。

 翼の専門は消化器外科。時折外来に出ているのは知っているが、それだけで手術の執刀など、本当に務まるのだろうか。それに、失敗など絶対に許されない、著名人の手術だ。

 なのに、どうして彼が執刀することになったのか。その理由は、容易に想像がついた。
 翼は腕も確かな医者であると病院内外に知らしめて、次期院長の座を確固たるものにしたいのだろう。

 万智に対する沙久良の嫌がらせもひどいものだと思ったが、彼は彼で強情なやり方をする。鴎川一家はいったいどんな一族なのだろうと、心底軽蔑する。

「例の手術、本当に彼に任せるおつもりですか?」

 冷静でいたつもりだが、言葉に苛立ちが出てしまった。それを、理事長は察したらしい。彼は眉をひそめて見せた。

「……そうせざるを得ないだろう。執刀リーダーは彼だが、優秀な研修医が入るとの話もある」

 それはつまり、実際に執刀するのは研修医で、翼自身はメスを握らないのではないか、ということだ。

「確かに、あの手術はマニュアルのようなものですが……」

 大峠氏が患ったのは、胆嚢結石。腹腔鏡で胆嚢をちょいとつまみ出せば、それで終わる簡単な手術だ。

 それでも患者は命を繋ぎ、健康に生きるために手術に挑む。リスクある医者に執刀を任せるなど、したくないはずだ。

 彼は自分の利のために、患者の想いまで踏みにじるというのか。
 つい奥歯を噛みしめていると、理事長が唐突に言った。

「今夜、食事をしないか?」

 顔を上げると、理事長はなぜか眉尻を下げていた。

「義理の親子だ。たまにはいいだろう?」

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