愛に目覚めた冷徹孤高の心臓外科医は、政略結婚妻を離さない ――旦那様、この結婚は契約ですよね?
「えええ……」

 彼は目をまん丸にして、手にしていた分厚い書籍を机に落とした。胆嚢摘出の術式が記された専門書のようだ。

「小玉先生がCTで見つけてくれた。今すぐ患者の血圧を一〇〇以下に落とせ、それから絶対安静の指示を。血液も追加で十単位欲しいからクロスマッチを急いでくれ、これはすぐにオペしないと――」

 早口でそう言う間に、若い医師のポケットで院内スマホが震えた。彼はそれを耳に押し当て、青ざめる。

「大峠先生が、腰に激痛を訴えているそうです!」

 遅かったか。俺は悔しさをのみ、急いでナースステーションへと走る。

「エコー持ってこい、大動脈瘤が破裂したかもしれない」

 その場にいた看護師たちは突然現れた俺に驚いていたようだが、切迫した状態であることを察したのかすぐに動いてくれる。俺は若手医師と小玉先生を引きつれ患者のもとへと向かった。

 大峠氏は体を横に向けたまま、顔をひどく歪めていた。看護師が寄り添い、背をさすっている。
 俺は患者の前に行き、告げた。

「心臓外科医師の望田です。あなたの胆嚢の近くの血管に、瘤ができて膨張している可能性があります。俺に看させてください」

「楽になるなら、なんでも構わん……うう!」

 大峠氏は苦しそうな様子でうめく。俺は看護師の持ってきたエコーで、胆嚢あたりを映し出した。先ほどのCT画像で見た時よりも、明らかに血管が膨れている。思った通りだ。

「瘤が拡大している。オペ室を確保しろ、緊急手術だ。俺がやる」

 俺は周りの看護師に告げる。

「副院長は呼びますか?」

「そんなことしている余裕はない!」

 聞いてきた看護師は俺の形相にはっとしたのか、そのまま連絡のためかどこかへ去ってゆく。まだ苦しむ患者に手術の許可を取り、麻酔医はその場にいた小玉先生にお願いする。
 患者をオペ室まで運ぶと、俺は緊急手術を開始した。

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