愛に目覚めた冷徹孤高の心臓外科医は、政略結婚妻を離さない ――旦那様、この結婚は契約ですよね?
 やがて玄関のドアが開き、私は彼を出迎えた。

「お帰りなさいませ」

 するとすぐ、瑞樹さんは申し訳なさそうに眉をひそめた。

「明日のパーティーの前に、会見がひとつ入った。悪い」

 それで、意気込んだ気持ちがしおれてしまう。だけど、会見なら仕方ない。瑞樹さんが悪いわけじゃない。

「わかりました。お仕事なら仕方ないですし、大丈夫です」

 それからパーティーへ向かう彼の段取りを想像し、続けた。

「では、パーティーでも使えるようなスーツを準備しますね。シャツはもともと用意していたものと会見用にもう一着、会見ではネクタイでパーティーではリボンタイできるよう用意しておきます」

「すまない、手間をかけるな」

 瑞樹さんは言いながら、私の頭に大きな手を置いた。

 それで、どきりと胸が跳ねてしまう。このところ彼とのすれ違いの生活が続いていたから、こうして触れられるのは久しぶりだ。
 つい肩を震わせてしまうと、瑞樹さんはすぐに手を離した。だが、こちらを見る彼の表情は柔らかい。

「いえ、妻として当然の務めですから」

 私は胸が高鳴ってしまったのを隠すように、努めて冷静に声を出した。

「ありがとう。明日の準備があるから俺は寝るのが遅くなるが、万智は気にせず先に寝てくれ」

「明日の会場入りはどうしましょうか?」

「会見の後に、直接向かう。車で行くから、入り口の前で待ち合わせをしようか」

「はい」

 私が答えると、瑞樹さんはそのまま書斎に入ってしまった。

 ただの業務連絡。なのに、どうしても彼が触れていた温度を意識してしまう。

 私は今日も耳に着けていたイヤリングにそっと触れた。そのまま一度深呼吸して、気持ちを落ち着かせる。
 胸に手を当て、鼓動が元に戻ったのを確かめてから、私は用意していた夕飯を温めにキッチンへと戻った。

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