愛に目覚めた冷徹孤高の心臓外科医は、政略結婚妻を離さない ――旦那様、この結婚は契約ですよね?
 瑞樹さんはすぐさま、私の拘束を解いてくれた。拘束されていた手足の痛みは、彼の温度に溶けてゆく。

 瑞樹さんは私の頬を、まるで壊れ物に触れるように優しく撫でてくれた。触れられたところが、ちりちりと熱い。

「万智……ああ、よかった」

 強く抱き寄せられると、瑞樹さんの鼓動の音が聞こえた。トクトクと速く刻むそのリズムは、私をひどく安堵させる。

 私を助けに、彼が来てくれた。愛しいと、恋しいと自覚した人が、今、私を抱きしめている。
 この温度にずっと浸かっていたい――。

 だけど、彼の激しい鼓動は、残酷にも私を現実に引き戻す。
 私は彼の腕の中で必死に涙を拭き、顔を上げた。

「瑞樹さん、もうパーティーは始まっていますよね。ごめんなさい」

 すると、瑞樹さんの瞳が見開かれる。だが彼は、すぐにきまりが悪そうな笑みを浮かべた。

「パーティーなんてどうでもいい。万智が無事で、本当によかった」

 彼の優しい言葉に、余計に罪悪感が押し寄せた。

 瑞樹さんはいつだってそうだ。私がしっかりしていないから、こんなに気を遣わせてしまう。今だって、私を安心させるためにそう言ってくれているだけなのだろう。

 瑞樹さんには、自分の野心だけを追いかけていてほしかった。それを陰から完璧に支えるのが、妻としての務めのはずだ。なのに、私はなんてダメな妻なのだろう。
 彼の顔を見ていられなくて、再びこうべを垂れた。

「ご迷惑をおかけして、本当にごめんなさい。妻失格ですね」

 彼の役に立てる妻でいたかった。与えられた仕事を淀みなくこなせる、しっかりとした妻でいたかった。
 不甲斐ない。そう、思ったのに。

「失格なんてことがあるか。万智は、どれだけ俺を支えてくれていた?」

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