愛に目覚めた冷徹孤高の心臓外科医は、政略結婚妻を離さない ――旦那様、この結婚は契約ですよね?
「ああ、ずっと君を好きだった。君を失ったら怖いと、院長になるよりも大事だと思ってしまうほど、いつの間にか君に強く惹かれていたんだ」

 真剣な眼差しが、それを事実だと伝えてくる。

「万智、好きだ。愛しているんだ。君がいないと、意味がないんだ」

 暗がりで告げられる、彼の思い。彼の言葉の一字一句は私の胸に染み入って、嬉しさと苦しさを一気に私にもたらす。
 だけど、私は怖くなってしまった。

「愛なんて、この世界にあるがはずありません」

 震える声で、私は自分に言い聞かせるように拒絶の言葉を口にした。

 恋愛の果てに憎しみ合って別れた友人たち。愛を誓ったはずなのに、冷え切った関係に愚痴をこぼす夫婦。
 そんな無残な結末を、私はいくつも知っている。

 彼からの愛を受け入れてしまっては、私たちもいつか、あんなふうに壊れてしまうのではないか。
 愛を信じて、もしそれがやはり幻だったと知った時、私は二度と立ち上がれなくなってしまう。

 だからこそ、責務としての結婚を、私は貫いてきたのだ。

 感情なんて持ち込まないほうが、うまくいく。互いの利のために交わす契約であるほうが、合理的でいい。
 そう、思ってきたのだ。

 だが、瑞樹さんはそんな私に目を見開き、それから優しいため息をこぼした。

「だったら、俺がその存在を万智に教えてやる。俺は、万智を愛しているから」

 彼は私のおでこにそっと口づける。咄嗟に、私は目を閉じてしまった。

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