愛に目覚めた冷徹孤高の心臓外科医は、政略結婚妻を離さない ――旦那様、この結婚は契約ですよね?
「俺の愛する妻を陥れようとしていたのは、いったい誰なのでしょうね」

 その声はひどく冷たい。思わず私までぞっとしてしまったが、沙久良さんはそんな私を青ざめた顔でキッと見下ろし、叫んだ。

「なによ、私が悔しそうなのがそんなに嬉しい? 病院の顔としてふさわしくない、あんなに地味な花しか生けられないくせに!」

「地味な花……」

 彼女は会場の入り口を指差す。それで、胸がナイフで切りつけられたように痛んだ。
 花を貶されるのは、当てつけかもしれないとわかっていても、やはりつらい。

「沙久良さん、地味とはなんですか。品があって素晴らしい作品ですよ」

 聞こえてきた凛とした女性の声に、沙久良さんはかっと目を剥いた。振り向くと、車椅子にのり素敵な着物に身を包むトキさんの姿がある。

「トキさん……」

 彼女は私の声に一度こちらを見てにこっと微笑むと、沙久良さんに厳しい顔を向けた。

「お花にはその人の性格が表れると、何度も教えたはずです。それなのに……私があなたに教えたことは、無駄だったようね」

 トキさんはそう言うと、私のほうへと進み出る。

「あなたの作品が見たいって理事長に相談したら、連れてきてくれたのよ」

「万智、彼女は元華道家で、鴎川家ご用達の家元だったそうだ」

 いつの間にか隣に来ていた父がそっと耳打ちしてくれる。彼女がVIPフロアに入院していたのは、そういうことだったのか。

 沙久良さんはその場に崩れ落ちる。項垂れる彼女に、瑞樹さんが鋭い声で告げた。

「これ以上、万智に近づくな。次になにかしたら、俺は容赦しない」

 ひどく鋭く、相手を怯ませる視線。どこからか現れた副院長に手を引かれ、彼女はよろよろと舞台の上から去ってゆく。

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