愛に目覚めた冷徹孤高の心臓外科医は、政略結婚妻を離さない ――旦那様、この結婚は契約ですよね?
 つい頬が緩んでしまう。締まりのない顔になってしまい、私は慌てて視線を窓の外へ向けた。

 はらり、はらり。
 目の前の光景は、あまりにも幻想的だ。じっと見ていると、その美しさがこの世界のものとは思えなくなってくる。

「なあ、万智」

 振り向くと、彼は私と同じく桜に目を向けていた。

「美術館で見た絵を、覚えているか?」

「はい」

 私は静かに答えた。
 繊細に描かれた、まるで写真のような絵画。確か、超写実絵画というのだと、彼が教えてくれた。

「俺がああいう絵を好きだと言ったのは、あれが桃源郷のようだと思っていたからだ。きれいごとだけで描かれた世界には、闇も陰も存在しない。逆にそういう暗い部分が普遍的に存在するのが、この世界だと思っていた。だが――」

 瑞樹さん再びこちらを向く。

「今日、万智と色々な景色を見て、思い知った。あのような場所は、現実に存在しているんだな」

 その言葉はまるで、今私が感じている〝愛〟のようだ。

 もしかしたら、私たちはこの世界を、同じように捉えていたのかもしれない。
 そう思うと、なぜだか瑞樹さんのことが急に愛おしくなった。

「この世界には、私もきっとまだまだ知らないことが、たくさんあるのでしょうね」

 そっと告げると、瑞樹さんはにこっと微笑みこちらに手を伸ばした。

「ああ。だから、これからもたくさん、万智と見に行きたい」

 瑞樹さんの手が、優しく頬に触れる。そっと輪郭をなぞられ、そこが急激に熱を持つ。
 私は暴れる鼓動を隠すように、急いで口を開いた。

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