愛に目覚めた冷徹孤高の心臓外科医は、政略結婚妻を離さない ――旦那様、この結婚は契約ですよね?
「髪の毛より細いあの糸を、モニター越しの遠隔操作で一本の乱れなく縫い合わせるなんて、それだけでも大変なのに。まさかそれを、子どもの体でやってのけるなんて、本当にすごいよ」

 小玉先生はそこまで言うと、不意にこちらを向いた。

「患者のお子さんも、開胸が小さかったからすぐに退院できたんだよ。親御さんも、救われただろうな」

「そうですね。患者本人だけでなくご家族の負担も減らせるなら、それに越したことはないと思います」

 そう相槌を打ちながらも、瑞樹さんが一目置かれる理由がわかった気がした。同僚の医者にそこまで言わしめるほど、彼の手術はすごいものだったのだ。

 小玉先生はにこにこしたまま、ちらっと後方を振り返る。

「ごめん、妻が戻ってきたみたいだ」

 申し訳なさそうにしながらも、彼の顔はまるでぱあっと花が咲いたよう。

「また」

 私たちに軽く手を上げ、小玉先生は後方できょろきょろとしていた女性のほうへ一直線に向かっていく。女性は小玉先生に気づくと、はっと顔を輝かせた。小玉先生が女性になにかを言う。すると、女性はこちらに会釈した。

「彼女は小玉先生の奥さんだ」

 耳元で瑞樹さんに言われ、私も会釈を返す。それから、ふたりは仲睦まじそうに腕を組んでどこかへ行ってしまった。

 愛なんて幻想だ。そう思いながらも、ついふたりを見てしまう。
 どうしたら、あんなふうに寄り添っていられるのだろう。きっとふたりも互いに離れた時には、愚痴ばかりが出てくるに違いないのに。

< 18 / 173 >

この作品をシェア

pagetop