愛に目覚めた冷徹孤高の心臓外科医は、政略結婚妻を離さない ――旦那様、この結婚は契約ですよね?
 その時、会場内がざわめいた。同時に、エスコートするように私の腰にあてられていた瑞樹さんの腕の力が強くなる。
 え? と疑問が頭に浮かんだが、それは一瞬だった。会場の入り口を振り向き、状況を察したのだ。

 堂々とした足取りでこちらにやってくる、美しい女性と小太りの男性。ふたりは、現院長の娘・沙久良(さくら)さんと、その夫で光前寺総合病院の副院長・(つばさ)さんだ。
 彼は次期院長候補のひとり。つまり、瑞樹さんのライバルである。

 理事長の娘として、ふたりの結婚後のパーティーに出席した時に会ったことがある。もう四年も前の話で、私はちらっと挨拶をしただけだ。それでも、なんとなくふたりは印象に残っていた。

 どうやらふたりは院長と同じく、人当たりがいいらしい。にこにことした笑みを張りつけ、注視する会場中の視線に手を軽く上げて応えながら、私たちのほうへやってくる。

 だが私は、彼らは私たちを歓迎していないのだとすぐに悟った。
 沙久良さんのドレスはダークカラー。細身の彼女のスタイルをよく見せていることは間違いないのだが、黒地の中に角度によってかすかに見える赤色は血のようで、このパーティーには不釣り合いだ。

 それでも、ふたりは私たちを祝福するように笑みを浮かべている。雰囲気を壊すわけにはいかない。

 ふたりが目前で立ち止まり、私は丁寧に頭を下げた。そっと頭を上げた時、瑞樹さんが口を開く。

「鴎川ご夫妻、お忙しいところ私たちのお祝いにお越しいただき、ありがとうございます」

 瑞樹さんは相変わらず表情を変えない。それは目の前にいるふたりも同じで、彼らは優しく微笑んでいる。
 なんとなく怪しいふたりの笑みを、私も真っ向から受け止めていた。

 副院長は、歳は瑞樹さんの四つほど上だったと思う。だが近くで見ると、瑞樹さんとは見た目が十歳くらい離れているように思える。
 隣にいる沙久良さんは、歳は私よりも七つ上の三十二歳。歳の割に若々しい彼女は、なんとなく不快な、蠱惑的な花の香りをまとっていた。

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