愛に目覚めた冷徹孤高の心臓外科医は、政略結婚妻を離さない ――旦那様、この結婚は契約ですよね?
 瑞樹さんは本当に、血の通った人間なのだろうか。
 ついそんなことを考えていると、今度は沙久良さんが口を開いた。

「万智さんも、本当におめでとう。まさか、このタイミングで万智さんが結婚なさるなんて思わなかったわ。しかもお相手は凄腕の心臓外科医だなんて。ちょうど素晴らしい手術の成功もなさったところだし、〝今は〟とってもおめでたいわね」

 どうやら、ふたりは私たちの結婚を心の底から歓迎していないらしい。だからこそ〝今だけ〟をやたらと強調してくるのだ。

 だが、それに動じてはいけない。私の役割は、瑞樹さんを次期院長にすることだけだ。
 それを理解すると途端に、瑞樹さんが顔色をまったく変えない理由に気づいた。彼もまた、私と同じなのだ。

「ありがとうございます。祝福いただけて、とても嬉しいです。ぜひおふたりには先輩夫婦として、私たちを見守っていただきたいです」

 にこやかに、場の空気を乱さないように。努めて冷静にそう言うと、沙久良さんの口角の皺が一瞬、ぴきんと動いた気がした。だが彼女はすぐに表情を戻し、声色を変えずに言う。

「そうだ、万智さん。あなたもお医者様の妻になったんだもの。『有明(ありあけ)会』に入らない?」

「有明会?」

 ぽつりと繰り返すと、沙久良さんは手にしていた小さな鞄から名刺を取り出した。

「ええ、光前寺総合病院を支える会よ。メンバーは主にこの病院に勤めるお医者様方の妻で構成されていて、私が会長を務めているの」

 差し出された名刺には、『光前寺総合病院後援会 有明会代表 鴎川沙久良』の文字と、スマホで読み込む四角いコードが印刷されている。

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