愛に目覚めた冷徹孤高の心臓外科医は、政略結婚妻を離さない ――旦那様、この結婚は契約ですよね?
 会場へ戻ると、人だかりの奥に壁のような威圧感を見つけた。望田製薬の社長――瑞樹さんのお父様だ。私の父と、険しい顔をして言葉を交わしている。

「万智、戻ったのか」

 隣に並んだ瑞樹さんに声をかけられたが、私は話し続けるふたりから目を離せなかった。

「瑞樹さん、お父様がお見えです。ぜひ、ご挨拶を――」

「あの人のことは構わない」

 瑞樹さんはナイフのような声で、私の言葉を遮った。けれど、ずっと胸に引っかかっている。
 私はまだ、瑞樹さんの親族に挨拶ができていない。望田家に嫁ぐ者として、あまりにも不作法だ。

「せめて一度くらい、ご挨拶をさせてください」

 瑞樹さんは一瞬顔をこわばらせたが、すぐに私の腰に手を置き、ふたりのほうへ歩みを向けてくれた。

 父も瑞樹さんのお父様も、こちらに気づいたようだ。会話を止め、こちらをじっと見てくる。しかし父はバンケットスタッフに呼ばれてしまい、会場の隅へ行ってしまった。

 残された瑞樹さんのお父様は、望田製薬の重鎮らしい貫録を醸していた。真一文字に結ばれた唇からは冷酷さがにじみ出ているようで、つい気圧されてしまう。
 それでも、私は彼の前に歩みでて丁寧に頭を下げた、

「はじめまして、瑞樹さんのお父様。昨日はご挨拶ができず、申し訳ございませんでした」

 しかし、彼はなにも言わない。顔を上げると、瑞樹さんとお父様が睨み合うように視線を交わしていた。

「挨拶など結構。今日は製薬会社の社長として、参加しているだけだ」

 お父様は私にそう言うと、そのまま会場の入り口へ行ってしまう。

< 23 / 173 >

この作品をシェア

pagetop