愛に目覚めた冷徹孤高の心臓外科医は、政略結婚妻を離さない ――旦那様、この結婚は契約ですよね?
 ふくらはぎのあたりが冷たい気がして振り返ると、手を口元にあて青ざめる女性がいた。彼女は確か、麻酔科医の小玉先生の奥さんだ。

「申し訳ありません、私……」

 彼女の視線の先を辿る。イエローベージュのドレスの裾が、赤く染まっていた。足元には、割れたグラスが転がっている。

 会場内がざわめく。みながこちらを注視している。
 私はさっと身を引き、ボーイからナプキンを受け取った。それでワインに濡れたドレスの裾を押さえると、グラスを落としたであろう彼女に声をかけた。

「お怪我はありませんか? あなたは濡れてないですか?」

 すると彼女は青ざめたまま、こくりと頷く。

「でも私、奥様のドレスを……」

「大丈夫です、洗えば落ちますから。私もあなたも怪我がなかったなら、よかったです」

 そんな会話をしている間に、足元ではスタッフが清掃に入っている。もうここは大丈夫だと、私は瑞樹さんを振り向いた。

「少し外します。一旦、控え室に戻りますね」

 このドレスのままここにいては、会場をさらに汚してしまう。

「ああ」

 瑞樹さんは相変わらず冷たい瞳で、こちらを見ている。彼の妻として、きちんと役割を果たせているのか見定められているようだ。
 私は周りに断りを入れて、パーティー会場を出た。視界の端に映った沙久良さんの目が見開かれていた気がするけれど、きっと気のせいだろう。

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