愛に目覚めた冷徹孤高の心臓外科医は、政略結婚妻を離さない ――旦那様、この結婚は契約ですよね?
 母亡き後も家のことを顧みず仕事に熱中する父に、俺は軽蔑の眼差しを向けた。同時に、それまで目指していた薬学の道を投げ捨て、医者になることへ舵を切った。
 父の心酔する薬学の道を目指すより、自分の手で目の前にある命を救える医者になる。それが結果として、父への復讐にもなると思った。

 父の道具になるなんてごめんだ。俺は幸い三男だから、家業を継がなくていい。兄たちのようにはならない。

 だが、方向性を変えるのに一番困難だったのは、皮肉にも父を説得することだった。薬学以外の道は選ばせないと言う父に対し、俺は医学は薬学と切っても切れない関係だと何度も説明した。医学部へ進むために父に提示された条件は、主席での医学部入学。だから俺は死に物狂いで勉強し、医学の道へ進んだ。

 実際に医師になり、志したのは外科医だ。しかも、心臓外科の手術医。母のことがあったから、という理由ももちろんある。だがそれだけでなく、俺は薬に頼らない、薬では届かない領域に自分の身を置きたかった。

 望田製薬の薬は、医療の世界になくてはならないものだと俺も認識している。だからこそ、薬という物質ではなく、自らの〝技術〟で命を守る。そういう意味で、父と対等になるために心臓外科の手術医になるしかなかった。

 やれることはなんでもやった。珍しい症例があれば、受けて立った。薬では治せない病気を、腕で治す。それが、俺の父に対する復讐だ。
 それでも、父は俺のことを認めようとはしなかった。

 それどころか、四年前。たまたま病院内で会った父に、睨みつけられるように言われた。

『もう二度と、家の敷居を跨ぐな。お前はこの病院で、俺の薬を必要としない唯一の医者だ。いずれ俺の薬が必要になったときに泣きついてくるような、無様な真似はするなよ』

 父は結局、俺がどんな道にいようとも、自分の道具として扱うのだと思い知った。

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