愛に目覚めた冷徹孤高の心臓外科医は、政略結婚妻を離さない ――旦那様、この結婚は契約ですよね?
 彼女はトキさんという、このフロアの入院患者だそうだ。

「今はこういう派手な生け方が流行るのかしらね。SNS映え、とかいうのかしら」

 トキさんは言いながら、寂しそうに笑う。どう返答しようか考えあぐねていると、トキさんは慌てたように口を開いた。

「ああ、気にしないでちょうだい。もうずっと入院しているから、私はお花に触れられもしないもの。老害っていうのよねえ、こういうの」

 彼女はうふふと笑ったが、それが無理をしているように見えて、私は気になってしまう。

「いえ、とんでもないです。院内のお花は、そこで過ごされている方の気持ちに寄り添うべきもの。害していいものではないと、私は思います」

 そう言うと、トキさんは目を丸くした。

「私、今日から院内のお花の管理を任されたんです。みな様の心が元気になれるような、素敵なお花が生けられるように頑張りますね」

 笑みを向けると、トキさんは嬉しそうに微笑んだ。

「あなたみたいな方がお花の管理に来てくれて、嬉しいわ」

「お役に立てるかどうかは、まだわからないですが」

「いいえ、あなたのその気持ちが嬉しいのよ。お花の管理、がんばってちょうだいね」

 トキさんはそう言うと、病床のほうへと去って行った。

 私は改めて、お花に向き合う。全体のバランスを見てダリアを抜き、グラジオラスの先端を折る。毎日水揚げをすれば、まだ一週間くらいは持ちそうだ。

「これでよし」

 さっぱりとした瓶花を見て、ひとりつぶやく。
 だが手元のバケツには、抜いてしまった花たちがかなりの数残されていた。この花たちを、ただ捨てるなんてできない。だって、花に罪はないのだから。

 ふと脳裏に浮かんだのは、先日理事長室を訪れた際に見た、隅に置かれた空の花器だ。あそこに、少しだけ飾らせてもらえないだろうか。

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