愛に目覚めた冷徹孤高の心臓外科医は、政略結婚妻を離さない ――旦那様、この結婚は契約ですよね?
「あなた、優しいのね」

「いえ、そんな」

 謙遜したが、褒められたことは素直に嬉しい。

 この活動は、瑞樹さんの妻としての仕事であることに変わりはない。だけど心のどこかで、誰かの役に立てるなら、花を活ける喜びを享受してもいいのかもしれないと私は思い始めていた。


 今日も夕食後、ウェルネススペースでお香を炊く。すると、瑞樹さんが早々にやってきた。つい、肩がぴくっと跳ねてしまう。こんなことは初めてだ。

 夕飯を終えてから、まだそんなに経っていない。風呂もまだのようだし、いったいどうしたのだろう。

 瑞樹さんは、火をつけたお香を香立てに差したばかりの私の隣にやってきた。今までにない近い距離に、つい緊張してしまう。

「あの、なにか……?」

 彼を見上げて尋ねると、瑞樹さんはお香のほうを向いたまま口を開いた。

「病院の入り口の花が替わっていた。万智がやったのか?」

 彼の口調は淡々としている。それで、私も視線を香立てに戻した。ゆらゆらとしたお香の煙を見て、気持ちを落ち着かせる。

「はい。枝ものは長持ちしますし、今の季節にもちょうどよいかと思って」

「そうか。白い花が可憐で綺麗だと……小玉先生が話していた」

 その言葉に驚き、もう一度彼を見上げる。彼は目の前の壁を向いたまま、口を真っ直ぐに結んでいた。
 それでも、お花を褒められるのはやはり嬉しい。

「ありがとうございます」

 自然と口角が上がってしまう。すると、彼がちらっとこちらを見た。不意に目が合い、どきりと胸が鳴る。

 あれ、なにこれ……。

 よくわからない心臓の挙動に戸惑い、慌てて視線を落とす。すると、瑞樹さんの声が降ってきた。

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