愛に目覚めた冷徹孤高の心臓外科医は、政略結婚妻を離さない ――旦那様、この結婚は契約ですよね?
 彼女は私の前まで来ると、その画面をこちらに突き出してくる。

「え……?」

 思わず、そうこぼしてしまった。

 画面に写っていたのは、病院のエントランスに生けていたドウダンツツジだ。だが、昨日までとはその姿がすっかり変わってしまっていた。

 花も葉も落ち、茶色い枝だけが花瓶とともに残っている。よく見ればわずかに葉が残っているが、それも枯れてしまったのか茶色く変色している。

 言葉を失っていると、沙久良さんはスマホを持つ手を下げ、つぶやいた。

「これだから、理事長の娘は……」

 顔を上げると、彼女は鋭い視線をこちらに向ける。

「あなたは、有明会の恥だわ。院長室のお花だって、あんなに小さいものにして。私たち鴎川家のほうが格下だっておっしゃりたいのかしら?」

「いいえ、決してそんなことはございません」

 慌てて言うも、沙久良さんは再び大きなため息をこぼした。

「理事長の娘だからって、お花の管理も手を抜いていらっしゃるのかもしれないけれど。あの病院の雰囲気をつくっているのは、感情のない理事長やあなたの旦那じゃない。私のお父様と、翼さんなのよ」

 ――本当に、わかってらっしゃるのかしら?

 まるで吐き捨てるように続けられ、私はついぐっとこぶしを握る。

「とにかく、さっさとどうにかしてきなさいよ。たっかい香水店のバッグを下げていないで」

「……大変失礼いたしました」

 私はどうしようもなく、そのままエレベーターホールへと向かった。

「院長室はもうやらなくていいわ。あそこの花は、私がする。お父様の目をあなたの適当な花で汚されては困るもの」

 背中で沙久良さんの声が聞こえ、私は最後に振り返り彼女に頭を下げた。

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