愛に目覚めた冷徹孤高の心臓外科医は、政略結婚妻を離さない ――旦那様、この結婚は契約ですよね?
 急いで準備をして家を出る。花屋で代わりの花材を購入して病院に着くと、私はすぐに花器をチェックした。

 エントランスも総合受付横も、そこにあるはずの若葉色の葉と白い花はなくなっていて、茶色い枝がまるで細い腕のように伸びているだけだった。落ちてしまった葉や花は片づけてくれたようだ。

 どうして、こんなことになってしまったのだろう。
 ドウダンツツジは生け花にしても強いはずだ。枯れるにしては早すぎるし、昨日の朝見た時はまだ葉が瑞々しく花も可憐な白色だった。

 もしかして……。

 沙久良さんの顔が脳裏をちらつく。だが、私はかぶりを振った。証拠がないのに、決めつけてはいけない。

 慌てて用意したのはヒペリカムだ。ころんとした桃色の実が特徴的な花材で、花ではなく実であるため、日持ちもよいし落ちにくい。
 だけど、慌てて用意したからか、なんだか不格好になってしまった。

 ダメダメ、お花に罪はない。そう思うも、胸の靄は晴れない。

「悲しみは続かない」

 私は生けたヒペリカムを見て、その花言葉をつぶやいた。

 院長室はやらなくてよいと沙久良さんに言われたので、残るVIPフロアへ向かう。エレベーターを降りてすぐ、私は目を見開いた。

 そこに生けていたドウダンツツジは、綺麗に保たれたままだったのだ。
 若葉色の葉、白色の可憐な花。どうしてここは、無事なのだろう。

「あら、お花、もう替えてしまうの?」

 背後から声をかけられる。振り返ると、トキさんが不安そうな顔をして立っていた。

「あなたの管理がいいから、まだまだ綺麗ね。でも、替えるなら仕方ないわね」

「いえ、こちらのお花の交換はまた今度にしますね」

 すると、トキさんは柔らかく笑った。

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