愛に目覚めた冷徹孤高の心臓外科医は、政略結婚妻を離さない ――旦那様、この結婚は契約ですよね?
 移動のために、沙久良さんの手配したタクシーに乗る。彼女の隣に座っていると、イランイランの香りに頭痛がした。
 それに気持ちまで引っ張られ、落ち込みそうになる。

 有明会の代表である沙久良さんに『役立たず』と言われたと知られたら、瑞樹さんはどんな顔をするだろう。
 そんなことを考えてしまい、小さくかぶりを振って思考をそぎ落とす。

 私がやらなければならないのは、有明会の会合が終わったらすぐに帰って、瑞樹さんが帰宅する前に部屋を片づけることだ。

 私は、次期院長になる瑞樹さんの妻。彼に、あんな事態を知られるわけにはいかない。しっかりと、仕事をこなさなければ。

 それでもこぼれそうになったため息を、ぐっとこらえて我慢する。私は鴎川邸に到着するまでの間、窮屈なタクシーの中で、むせ返るようなイランイランの香りにじっと耐えていた。


 鴎川邸に着くと、さっそく広間に通された。この間の訪れた中庭が大きな窓の向こうに見えるこの場所は、日当たりがよいのに空気がひんやりとしていて、なんだか異様だ。

 入り口の一番近い席に座るよう言われ、そこに腰かける。するとすぐにメイドがやってきて、私の前に湯気の立つ紅茶を置いた。
 沙久良さんは部屋の奥のほうから、わざと口角を持ち上げて見せた。まるで〝一流とはこういうことをいうのだ〟とでも言いたげに。

「みなさん、移動させてしまって申し訳ないわね。仕切り直して、さっそく会合の議題にうつりたいのだけれど、いいかしら?」

 沙久良さんの言葉に、有明会のメンバーが頷く。彼女は堂々と切り出した。

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