愛に目覚めた冷徹孤高の心臓外科医は、政略結婚妻を離さない ――旦那様、この結婚は契約ですよね?
「万智から、今日の有明会の会合は我が家で開催すると聞いていました。挨拶しようと急いで帰ったら、部屋はもぬけの殻。しかも、リビングにはいくつものカップが残されたまま、フラワーアレンジメントは床にひっくり返っている。まさかとは思いますが、みな様の仕業ではありませんよね?」

 すると沙久良さんは一瞬眉間に皺を寄せたが、すぐに先ほどの笑みに戻る。

「人聞きが悪いわね、望田先生。決めつけるなんてひどいわ。みなさんも、そう思うわよね?」

 しかし誰かがなにかを言う前に、瑞樹さんが口を開いた。

「万智はいつも完璧です。テーブルに物を残したまま出かけるようなことはしません。それに、あのリビングには、今あなたがさせているのと同じ……、そのむせかえるような花の香りが残っていました」

「な……っ!」

 瑞樹さんの言葉に、沙久良さんの顔が引きつった。それで私も肩を跳ね上がらせたけれど、瑞樹さんは続けて言った。

「さきほど扉の向こうで聞こえたのは、みな様の自慢話。会合としての時間はもう終わられているようですので、万智が帰っても差し支えないですよね?」

 それから、彼はこちらに向き直る。

「万智、もうここにいる必要はないだろう。帰ろう」

 私の肩に置かれた瑞樹さんの右手が、そっと動く。その指先の冷たさに、つい体がこわばってしまう。

「あの、でも……」

 有明会のみなが、こちらを見ている。その棘のような視線をどうにかしなければと、慌てて口を開いた。しかし瑞樹さんは私が口ごもる間に、私の手を引き椅子から立ち上がらせる。

 そのまま私の手を引くと、私を鴎川邸から連れ出した。

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