愛に目覚めた冷徹孤高の心臓外科医は、政略結婚妻を離さない ――旦那様、この結婚は契約ですよね?
 自宅に戻ると、私は急いで部屋に上がった。瑞樹さんに見つかってしまったが、片づけをしなくていいわけじゃない。
 だが、リビングへと向かう私の後ろで、瑞樹さんが私を呼び止めた。

「万智、どうしてこんなことになったんだ」

 淡々とした彼の口調に申し訳なさが募る。私は彼を振り返り、頭を下げた。

「大変申し訳ございませんでした。今すぐ、片づけますので」

 不甲斐ない。私がもっとしっかりしていたら、こんなことにはならなかったかもしれない。沙久良さんの言っていたように、レジデンス併設の談話室を予約しておけばよかった。

 悔しさに、つい奥歯を噛みしめる。こんな顔を見られるわけにはいかない。頭を上げられずにいると、自分の至らなさにため息がこぼれた。

「謝らせたかったわけじゃない。すまない」

 そっと顔を上げると、彼はなぜか困惑したように眉根を寄せ、視線をどこかに向けていた。
 きょとんとするも数秒。瑞樹さんの視線が、私を射抜く。

「……香水、ありがとう。おかげで、リラックスできた」

 彼は急に目を細め、優しい眼差しをこちらに向ける。それで、胸がとくりと跳ねてしまう。

 彼との結婚は、彼を次期院長にするための政略結婚にすぎない。なのに、どうしてこんなに心が乱されてしまうのだろう。

 私は不可解な彼の表情と自分の胸の揺れ動きに、ついあの文字を脳裏に浮かべてしまう。だけどすぐ、小さくかぶりを振った。
〝愛〟なんて幻想だ。そんなもの、この世界に存在しない。

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