愛に目覚めた冷徹孤高の心臓外科医は、政略結婚妻を離さない ――旦那様、この結婚は契約ですよね?
 整理券の番号を呼ばれ、受付に向かう。窓口の女性職員は、私の手にした婚姻届を見て微笑んだ。

「ご結婚、おめでとうございます!」

 やたらと明るいトーンで言われ、私は咄嗟に笑みを浮かべた。

「ありがとうございます」

 にこやかにそう返したが、この結婚は祝われるべきものなのだろうか。だって、この結婚は政略結婚。ビジネスライクな契約にすぎない。
 理事長を務める父を支え生きる母と同じように、私も瑞樹さんのために生きる。そこに、感情などいらない。

 婚姻届が受理されるのを待つため、私は後方の長椅子に戻った。モニターのワイドショーは、次のニュースを流している。
 それをどこか遠くに聞きながら、私は幼い頃から近くで見てきた、父と母の様子を脳裏に思い浮かべた――。


 両親は、幼い頃からその仲が淡白だった。
 朝は一緒に食事をしても、会話は一切ない。父を病院へと見送った後、母は家政婦とともに家事をこなしていた。父が理事長に就任した後は会食やパーティーに忙しそうだったが、母は感情を見せずに淡々と役割をこなしていた。

『結婚というのは、互いの利のために生きること。相手に尽くすのは、それが自分に与えられた仕事だから。万智もいつか結婚をしたら、わかることよ』

 母はそう言って、いつか私にも巡ってくるだろう結婚に夢を見るなと繰り返していた。

 だからだろうか、結婚というものに夢を見たことは一度もない。小説で恋愛の末結ばれたふたりの話を読んだ時には、めまいがしたほどだ。
 夫婦のあり方としては、メロドラマのようなものよりも父と母のほうがよほど現実的だと思うし、それが当然だと思って生きてきた。

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