愛に目覚めた冷徹孤高の心臓外科医は、政略結婚妻を離さない ――旦那様、この結婚は契約ですよね?
 もしかして、本当に心配してくれているの?
 そう思うと、なぜか目頭が熱くなる。涙をこぼすまいと、咄嗟に下唇をきゅっと結んだ。

 だけど、話すべきではない。
 この結婚は、完璧な妻として夫を支え、彼の〝次期院長になる〟という目的を叶えるためのもののはずだ。ここで私のことを話しては、彼のノイズになる。
 彼には彼の医者として、次期院長候補としてやるべきことに、集中してもらいたい。

 それなのに、瑞樹さんは続ける。

「話してくれ。万智の抱えている問題は、夫婦の問題でもあるんだ」

 その強い口調に、胸が大きく鳴なってしまう。けれど。

「夫婦の……」

 口の中でそうつぶやき、あ、と腑に落ちた。

「全部、鴎川にされたことなんだろう?」

 瑞樹さんの口調は棘々しい。さらに、彼はなにも答えない私に苛立ちを含んだため息をこぼす。
 やっぱりそうだ。きっと――。

「病院でも、なにかあったんですか? 院長や、副院長と」

 瑞樹さんがこんなことを気にするなんて、なにかあったに違いない。だから彼は感情的になっていて、鴎川家を責めるような言い方をしているだけだ。
 私のことを心配しているわけじゃない。そんなの、私の思い上がりだ。

 彼は私の言葉に、目をまたたかせた。きっと、図星だったのだろう。

「いや、そうじゃない。だが……」

 弱々しくなっていく語尾は、私のために嘘をついてくれているということだろうか。徐々に俯いていく彼は、きまりが悪そうだ。

 そんなに優しくしなくていい。だって私たちの関係は、夫婦という名の契約のようなものなのだから。
 そう告げようとしたが、瑞樹さんが急に私の右手を掴んだ。

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