愛に目覚めた冷徹孤高の心臓外科医は、政略結婚妻を離さない ――旦那様、この結婚は契約ですよね?
 気づいてしまった気持ちを隠すように、俺は彼女に告げた。

『……香水、ありがとう。おかげで、リラックスできた』

 話題を変えようと伝えたが、逆に告白のようになってしまった。これではまるで、万智への好意を伝えているみたいだ。
 だが彼女はそれに動じる様子もなく、淡々と俺に告げた。

『お役に立ててよかったです。リビング、急いで片づけますね』

 だから俺はせめてもと、彼女の肩に手をのせ申し出た。

『片づけ、俺も一緒にやらせてくれ』

 淡々と仕事のように片づけをこなす万智とは反対に、俺はこぼれた飲み物を片づける間中、ずっと苛立っていた。
 いったい沙久良に、なにをされたんだ。

 彼女と暮らし始めてから、俺はこの部屋に埃が溜まっているのを見たこともないし、テーブルの上にはパンくずひとつ残さない。
 家事を完璧にこなす万智が、こぼれた紅茶をそのままに外に出るなんて。フラワーアレンジメントを、ひっくり返したままにするなんて。

 まだかすかに残る沙久良特有の香りに不快感を募らせていると、彼女の顔が脳裏に浮かぶ。
 そのついでに、あの副院長の顔も頭に浮かんできた。病院のみなは、彼のどこを気に入って次期院長にと言っているのだろう。

 苛立ちを募らせながら片づけを終わらせると、俺はリビングに座り、そこに落ちていた中央が黄色く白い花弁の小さな花を一輪手に取った。
 ここからは、優しくて甘い香りがする。あの女とは正反対の、心が落ち着く香りだ。

 嗅いでいると、徐々に思考が冷静になる。俺は有明会に万智が入ってからのことを、ひとつひとつ振り返った。すると、すべてが沙久良の仕業だったのではないかと思い至る。

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