愛に目覚めた冷徹孤高の心臓外科医は、政略結婚妻を離さない ――旦那様、この結婚は契約ですよね?
万智は頭の回転が速いのだろう。言葉の裏の意味を読むのに長けている。
もっと素直に俺の言葉を受け取ってくれたらいいのだけれど、そうじゃないから困ってしまう。
『いや、そうじゃない。だが……』
なんと言ったら伝わるのか。なにを言っても、彼女には伝わらない気がしてしまう。俺の言葉の裏を読み、別の意味に捉えられてしまう気がする。
考えあぐねて言葉を濁し、つい俯いてしまう。そこで、万智の指から血が流れているのに気づいた。
慌てて彼女の手を掴み、その傷口を確かめる。書斎に救急箱を取りにゆき、手当てをするまでは無我夢中だった。
小さな手に、傷をつくってしまうなんて。せめて、彼女にゆっくりしてもらいたい。だからウェルネススペースのことは今日はやらなくていいと告げ、俺は書斎に戻ってきたのだ。
――自分の想いを伝えるのが、これほど難しいとは思わなかった。
どうしたら彼女に、俺の真意が伝わるのか。デスクチェアに背を預けたまま、考える。
そもそも、俺は彼女とどんな会話をしていただろう。思い返すと、重ねた会話は業務連絡のようなものばかりだ。
食事のたびに顔を突き合わせる彼女に、なにか声をかけたか? ウェルネススペースに俺の好きな香りを毎日炊いてくれる彼女に、感謝を伝えたことがあったか?
そもそも、俺は万智がしてくれることを当たり前だと思い込んではいなかっただろうか。学会の準備も、当たり前のように彼女にさせていなかっただろうか。
脳裏に浮かんだのは、幼い頃に見た母だ。
大企業の妻として父に叱責される毎日をこなし、外では愛想よく務め、それ故心を壊してしまった母の姿。
中学生時代は母のヒステリーを見たくなくて、自分を殺して生きていた。反発なんてしなかった。そうでもしないと、母が本当に壊れてしまうと幼心に怖かった。
あの頃の母と、万智の姿が重なってしまう。俺は万智に、心を殺して生きることを押しつけてしまっていたのではないか。
もっと素直に俺の言葉を受け取ってくれたらいいのだけれど、そうじゃないから困ってしまう。
『いや、そうじゃない。だが……』
なんと言ったら伝わるのか。なにを言っても、彼女には伝わらない気がしてしまう。俺の言葉の裏を読み、別の意味に捉えられてしまう気がする。
考えあぐねて言葉を濁し、つい俯いてしまう。そこで、万智の指から血が流れているのに気づいた。
慌てて彼女の手を掴み、その傷口を確かめる。書斎に救急箱を取りにゆき、手当てをするまでは無我夢中だった。
小さな手に、傷をつくってしまうなんて。せめて、彼女にゆっくりしてもらいたい。だからウェルネススペースのことは今日はやらなくていいと告げ、俺は書斎に戻ってきたのだ。
――自分の想いを伝えるのが、これほど難しいとは思わなかった。
どうしたら彼女に、俺の真意が伝わるのか。デスクチェアに背を預けたまま、考える。
そもそも、俺は彼女とどんな会話をしていただろう。思い返すと、重ねた会話は業務連絡のようなものばかりだ。
食事のたびに顔を突き合わせる彼女に、なにか声をかけたか? ウェルネススペースに俺の好きな香りを毎日炊いてくれる彼女に、感謝を伝えたことがあったか?
そもそも、俺は万智がしてくれることを当たり前だと思い込んではいなかっただろうか。学会の準備も、当たり前のように彼女にさせていなかっただろうか。
脳裏に浮かんだのは、幼い頃に見た母だ。
大企業の妻として父に叱責される毎日をこなし、外では愛想よく務め、それ故心を壊してしまった母の姿。
中学生時代は母のヒステリーを見たくなくて、自分を殺して生きていた。反発なんてしなかった。そうでもしないと、母が本当に壊れてしまうと幼心に怖かった。
あの頃の母と、万智の姿が重なってしまう。俺は万智に、心を殺して生きることを押しつけてしまっていたのではないか。