愛に目覚めた冷徹孤高の心臓外科医は、政略結婚妻を離さない ――旦那様、この結婚は契約ですよね?
 彼女がしてくれることを、当たり前だと思って受け取っていた。それはまるで、母や俺を駒のように扱う父のよう。傲慢で、俺の一番嫌いなやり方だ。

 俺が次期院長の座を手に入れたたいのは、父を見返すため。その手段として、俺は父と同じやり方をして、彼女を苦しめていいのか?
 いや、いいわけがない。俺は父とは違うんだ。

 俺はどうにか父とは違うやり方で、院長の座も万智も、どちらも手に入れるのだと心に誓う。

 だが、ふと思う。万智は、それを望んでいるのだろうか。

 彼女の行動は、俺を次期院長にするためのものとして一貫している。そんなビジネスライクな万智が、俺の気持ちを喜んで受け取ってくれるだろうか?

 だが、母と同じ道を万智に歩ませるわけにはいかない。もし万智が望んでいないなら、そう万智に望んでもらえるように俺が努めるまでだ。

 そこまで思い至った時、小さなノックの音が聞こえた。

「瑞樹さん、夕飯の準備ができました」

 はっとした。あの状態で、夕飯まで作らせてしまったのか。
 夕飯という当たり前のことを当たり前と思いすぎて、しなくていいと伝えるに至らなかった。こういうところから、改善しなければ。

「ああ、わかった。ありがとう」

 俺はいつもは口にしない感謝の言葉を、扉の向こうに届けと放った。

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