愛に目覚めた冷徹孤高の心臓外科医は、政略結婚妻を離さない ――旦那様、この結婚は契約ですよね?
 作業を終わらせ、病院を出る。
 再び瑞樹さんの車に乗り込むと、瑞樹さんは東へとハンドルを切った。

 首都高から湾岸線に入り、さらに東へ。海沿いの道から離れて一時間弱。瑞樹さんが車を止めたのは、不思議な形のコンクリ―トの建物だった。

 杉の木が生い茂る緑豊かな公園の中に位置するその建物は、長細い箱が重なったようなデザインをしている。横に長く伸びた二階部分は、まるで宙に浮いているようだ。

「ここはいったい……?」

 つぶやくと、先に降りていた瑞樹さんが助手席の扉を開き、教えてくれた。

「美術館だ。静かで人も多くないし、俺はここの絵が好きなんだ」

 瑞樹さんに、そんな趣味があったなんて。驚くとともに、そういえば瑞樹さんのことを私はまだあまり知らないなと気づく。

「行こう。併設のレストランを、予約してあるんだ」

 瑞樹さんはまだシートに座ったままの私に、そっと手を伸ばす。

「はい、ありがとうございます」

 私が車を下りると、瑞樹さんはなんてことないように私の手を取った。

 美術館の入り口を入る。館内も外観と同じくコンクリートの壁が続いていたが、右手の空間だけは趣が異なっていた。
 瑞樹さんに手を引かれるまま、足を踏み入れる。そこはまるで、老舗高級ホテルのラウンジのような内装だった。

 瑞樹さんがレセプションに声をかけると、ウェイターが案内してくれる。どうやらここが、彼が予約してくれたレストランのようだ。

 ウェイターの背を追う瑞樹さんのエスコートに導かれ、窓際の席へ。そこからは、静かな公園内の緑がよく見えた。
 外観こそコンクリートの箱のようだが、ここにいるとまるでお屋敷の中にいるような錯覚に陥る。

「万智は、苦手なものはあるか?」

 ウェイターに手渡されたメニューを見ながら、瑞樹さんが言う。

「いえ」

 答えると、彼は手慣れた様子でコース料理を二名分注文してくれた。お酒を勧められたが、運転を控えている瑞樹さんを差し置いてひとり飲む気にはなれず、私も丁寧にお断りした。

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