愛に目覚めた冷徹孤高の心臓外科医は、政略結婚妻を離さない ――旦那様、この結婚は契約ですよね?
 コース料理は絶品だった。前菜は五種の盛り合わせ。特に夏野菜のテリーヌは美味しかった。
 メインはトレネッテ。サクラエビとカラスミがオリーブソースに絡み、優しく上品な味わいだ。
 デザートのジェラートに食後のコーヒーまで、一流の香りがした。

 だけど食事をしながら、ほんの少しだけ、申し訳なさを感じていた。

 今日は瑞樹さんの貴重な休日だ。彼の好きな場所に連れてきてもらえたのは嬉しいけれど、私が一緒では彼の迷惑ではないだろうか。

 食事を終えると、私たちは展示ルームへと向かった。

 入ってすぐ、私は足を止めた。視線の先にある大きな写真に、見惚れてしまったのだ。

 アンティーク調のソファの端のほうに、男の子がちょこんと座っている。
 背後の窓から差す光が男の子の髪と膝こぞうを柔らかく照らしており、その輪郭は触れれば消えてしまいそうな、純粋な気配をまとっていた。

 だが、男の子はこちらではないどこかを見ている。まるでそこに、自分のほしいなにかが置いてあるかのような。

「超写実絵画というらしい。一見、写真を引き伸ばしたようにしか見えない。だが、近づくとその筆づかいがよくわかる」

 瑞樹さんが耳元で、こそっと教えてくれる。私はそっと、作品に近づいた。
 なるほど、近くで目を凝らすと、それが〝絵〟であることがわかる。

 こんなに緻密な絵画を、まるで〝そこにある〟かのように描く。どれだけの時間がかかっているのだろう。本当に、すごい。

「この美術館にはこういった写真のような絵画が多い。ゆっくり見て回ろう」

「はい」

 彼はそう言って先に行く。私はなんとなく名残惜しさを感じながら、美術館の奥へと進んだ。

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