愛に目覚めた冷徹孤高の心臓外科医は、政略結婚妻を離さない ――旦那様、この結婚は契約ですよね?
 長い廊下のような展示室に飾られた絵画を、ゆっくりと見て回る。
 風景画、静物画、人物画。いろいろなモチーフの絵画があるが、そのどれもが高性能のカメラで切り取られた写真のようだった。

 生命力あふれる太い幹を見上げたようなもの。遠くのなだらかな丘に映る夕日を描いたもの。どれもが写真のようで、現実のものではない緻密な〝絵画〟だ。

 瑞樹さんはひとつひとつの絵をじっと見つめ、静かに次へと歩を進めていく。
 私もその背を追ったが、ふとした拍子に足が止まってしまう。そんな時、瑞樹さんは決して急かすことなく、次の絵の前で私を待っていてくれた。

 館内は若者や子どもはおらず、静かだ。なんとなく、彼との距離が心地よい。

 私は、とある絵画の前で再び足を止めた。
 水底から水面を見上げたような構図のその絵は、世界が青く霞んでいた。周りに見えるあぶくが、よりリアリティを醸し出している。

 美しく、儚い一瞬を切り取ったようでいて、現実には絶対に存在し得ない世界。あり得ないからこそ、美しいと思ってしまうのかもしれない。

 ――まるで、人々を惑わす〝愛〟と同じだ。

 そう思った途端、あんなに綺麗に見えていた絵画が、なんだかとても虚しいものに思えてしまった。

 瑞樹さんがこういう絵画が好きなのは、どうしてなのだろう。

 ふと思考があふれ、隣の作品を眺めているはずの彼を振り返る。しかし彼は思ったよりもすぐそばにいて、私は小さく肩を跳ねさせてしまった。

 彼はこちらに戻ってきてくれたようだ。私はそれだけ、この絵の前に長く留まってしまったのだろう。

< 91 / 173 >

この作品をシェア

pagetop