愛に目覚めた冷徹孤高の心臓外科医は、政略結婚妻を離さない ――旦那様、この結婚は契約ですよね?
 美術館を出たときには茜色に染まっていた空も、レジデンスに到着する頃には深い闇に包まれていた。
 夕飯は、途中のデリで買い繕った惣菜だ。それを皿に盛りつけ、簡単な汁物を添える。

 出かけていたからいつもより遅い時間になってしまったが、瑞樹さんはいつも通りに食卓につき、淡々と箸を動かしていた。

 彼と外出したものの、私たちの間になにか変化があったわけではない。
 だからこそ、私は考えてしまう。今日ふたりで出かけたことに、どんな意味があったのだろう。

 瑞樹さんの嗜好を把握することも、妻としての務めだということ? それとも、ああした絵画を、部屋に飾ればいいのだろうか?

 だが、絵画は値の張るものだ。簡単に買うことなどできないし、ましてや彼の趣味に合わなかったらと考えると余計に手が出せない。

 だったらどうして、と答えの出ない問いを巡らせたまま、食事を終える。

「ごちそうさまでした」

 声を揃えて箸を置くと、瑞樹さんが不意に口を開いた。

「皿洗いは、俺にやらせてくれ」

「え……?」

 そういえば最近、食後に流し台に立つ私を、彼がじっと見ていることがあった。もしかして、私のやり方に不満があったのだろうか。

 だが、家事は妻である私の仕事だ。私がやらなければならない。

「大丈夫です、瑞樹さんの手を煩わせるわけにはいきません」

 慌てて拒んだが、瑞樹さんはふっと表情を緩めた。

「いつも助かっているから、たまにはと思ったんだ。万智ばかりにやらせてすまない。いつもありがとう」

 彼のその顔と言葉に、胸がとくりと反応してしまう。

 今は近くにいるわけじゃないのに、どうして……?

 心臓の動きと自分の気持ちに戸惑い動けないでいると、瑞樹さんはキッチンからトレーを持ってくる。
 あっという間にテーブル上の食器は流し台に運ばれ、瑞樹さんはそのままスポンジを手に取った。

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