愛に目覚めた冷徹孤高の心臓外科医は、政略結婚妻を離さない ――旦那様、この結婚は契約ですよね?
 彼はまだ風呂には入っていないようで、先ほどと同じ格好をしている。だが、手にはいつものタブレット端末と、小さな紙袋を持っていた。

「お皿洗い、ありがとうございました」

 あなたのメッセージは受け取りましたという意味を込め、しっかりと頭を下げる。

「いや、またやらせてくれ」

 彼の言葉に、いいやそんなことは! と口を開こうとした。だが、頭を上げたところで、私は固まってしまった。

 瑞樹さんが私に、小さな青い箱を差し出していたのだ。

「これを、万智に」

 彼は固まったままの私の右手をとり、そこに小箱をのせる。

「あの、これ……」

 戸惑い、箱と彼の顔を交互に見てしまう。瑞樹さんはなぜか穏やかな顔をしていた。

「開けてみてくれ」

 彼の言葉を受け、そっと箱を開ける。中には、美術館で見たあの絵画と同じ、コバルトブルーのイヤリングが一組入っていた。

 思わず目を見開く。それを見つめたままなにも言えないでいると、瑞樹さんはそれをひとつ手に取り、私の耳元にあてがった。

 ひんやりとした彼の指先はまだ少し湿っている。胸が大きく反応し、そのまま速いリズムを刻みだす。

「うん、やはりよく似合う」

 瑞樹さんは満足そうにそう言うと、そっとイヤリングを箱に戻した。
 それで、緊張が少し解ける。けれど、胸を叩く鼓動の速さは変わらない。

 イヤリングの箱を見つめたまま動けないでいると、瑞樹さんの声が降ってきた。

「受け取ってくれるか?」

 確か、美術館の説明書きには、あまり数の作れない貴重なものだと書かれていた。
 ……これもきっと、次期院長夫人として、旦那の好きなものを共有しているほうがふさわしいというメッセージなのだろう。

 そう思い至り、私は顔を上げ彼に笑みを向けた。次期院長候補を支える妻としての、決意を彼に伝えるために。

「ありがとうございます。大切にしますね」

 瑞樹さんは満足したように目尻を下げる。それで、私はほっとした。

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