天下布氷─信長、リンクに立つ─

第一章 尾張から令和へ ── 「ここはどこじゃ、なぜ地面が光っておるのか」

 天正十年(一五八二年)六月二日、早朝。本能寺の炎が天を焦がす中、織田信長は最後の覚悟を決めた。白衣に着替え、静かに目を閉じる。次の瞬間、彼の意識は激しく揺れ、閃光に包まれ――

気がつくと、信長は名古屋市中区、栄の交差点のど真ん中に立っていた。

「……?」

 周囲では鋼鉄の箱(自動車)が唸りを上げて走り、頭上には巨大な光の看板が踊っている。道行く人々は奇妙な板(スマートフォン)を顔の前にかざし、誰も信長の存在に気づいていない。いや一人だけ気づいた。スクランブル交差点のど真ん中で白衣に大刀という出で立ちの老人(信長四十九歳)を見た若い女性が、「コスプレですか?かっこいい!」と言って自分のスマホでパシャっと一枚撮り、そのままどこかへ走り去った。

「コスプレ……?」

信長は周囲を見渡した。尾張の国。名古屋城がある。ということは自分の領地ではないか。しかしなぜこうも様子が違うのか。天守が見える位置にいるはずなのに、周りは異様に高い建物ばかりだ。なぜ鉄の棒が空に突き刺さっているのか。

「ここはどこじゃ、なぜ地面が光っておるのか。誰ぞ、余に説明せよ」
── 信長、交差点の真ん中で仁王立ちしながら戸惑う。
しかし声を荒げたところで、信号が青に変わり、人波に押し流されるのみであった。信長は生まれて初めて”多勢に無勢”を物理的に体験した。

流されるままに歩いた信長が最初に目を奪われたのは、コンビニではなく、栄のテレビ塔の近くにある大型スクリーンに映し出された映像だった。氷の上を滑る人間が、空中で三回転し、着地した瞬間に片手を天へ突き上げる。華麗な旋回、氷を削る音、それに合わせた荘厳な音楽。観客が割れんばかりの拍手を送っている。

信長の瞳が、ぎらりと輝いた。

「……なんと美しい」

これが運命の出会いであった。
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